
今はスクワット自体が減ってるので機会は減っているかもしれないが、DIYパンクのバンドでヨーロッパをツアーすると、だいたいスクワットでのライブが1度は入るわけだが(アンダーグラウンド・メタルやグラインドコアでもたまに入る、そのスクワットが「メタル禁止」でなければ)、そこではワンストップで、演奏から宿泊、食事までが可能である。20年近く前にツアーしたときは、ハコに着いたらビール1ケース(+法的に怪しいα)、食事がまず提供され、ライブの後には汚いマットレスで川の字になって寝る、翌朝も朝食が出る、という日がいくつかあった。スクワットの食事はほぼすべてがヴィーガンなのだが(理由はスクワット自体がアナキズムに基づいて運営されているものが多いので、動物の権利を考えてのことと(西洋のパンクスのほとんどがベジタリアン、ヴィーガンなのも元々はこの理由なのだろうが、今はもうそんなことお構いなしの通過儀礼のようでもある)、野菜をまったく食べられない肉食の人はあまり多く存在しないからだろう)、かと言ってそれがすべておいしいわけでもなく、味のしないスープや、オリーブ油しかかかってないようなサラダを、硬いパンと硬い水と一緒に仕方なく食べたこともあった。あくまで個人的な体験なので一概にそうだとは言えないが、ドイツのワイマールだかのスクワットでの食事は、とにかくひどかった覚えがある。おそらく野菜のみでだしを取った味のしないぬるいスープに、キュウリのぶつ切りが浮いており(あれは絶対ズッキーニじゃなかった)、横の皿にはマッシュポテト。こちらも味がしない。演奏前の空腹を紛らわせるために、黙って腹に押し込んだ。タダで提供されるものに文句を言っても仕方がない。内心ではひどいなこりゃと思いながら、何とか完食した。タダで提供されたものを残すのも申し訳ない。
14年前、ギリシャ・ヴォロスのスクワットにしばらくお世話になったときは、週に1度、近所の人たちも自由に来て食べることができるランチタイムがあった。そこでもヴィーガンかベジタリアンの料理が、お金を出せる人は1ユーロ、ない人はタダで提供された。メニューはサラダとグリルしたポテトだっただろうか。新鮮で味付けもちゃんとしていて、とてもおいしかった。さすがギリシャ。ギリシャ料理はうまい。タベルナに行けば魚やタコも食べられるし、何よりどこでも売ってるスブラキは貧乏旅行者の友であり、かつて1日1食で十分に胃を満たしてくれた、アメリカ合衆国のベイエリアの安くてでかいブリトーのようだった。
今回始めてイタリアのスクワットにお世話になったが、やはりイタリアは食べ物がうまかった。詳しくはDP次号に書くので省略するが、パスタやクスクスの味付けがちゃんとしていた。
同じベジタリアン、ヴィーガン料理でも、スクワットによってうまさが全然違うのは、当然そこに関わっている人たちの味覚が違うためだろう。イタリアのスクワッターに言わせれば、ドイツのスクワットはやはり基本的にまずいらしく、うまいスクワットがあっても、そこに住んでるのが実はイタリア人だから、ということもあると聞いた。皮肉な話である。確かにドイツで食べたうまいものは、すべてが移民の料理である。イギリスもまた同様か。
スクワットの料理はヴィーガン・レストランの料理のようにカネや時間を使って作るわけでなく、少なくない人数分をまとめて作るので大味になりがちなのかもしれないが(だしに魚や肉を使わないのでタダでさえ大味なのだが)、やはりそこでもレストランのように「料理人」の腕前は重要だ。必然的に料理がうまい人が作ることになるのかもしれないが。スクワットによって必要な食費の管理は違うので一概には言えないが、私の少ない経験では、お金を集めるわけでもなく、何も決めずに、気がついた人が買ってくる、というのが多かった気がする。食事の当番があると聞いたこともない。そもそもルールがないから。ほとんどすべてが、気づいたらやる、という自律性で回っている、ように見える。あくまでも外から見た場合だが。当然偏りもあるのだろうが。
とまあ、スクワットで食べる飯はいろんなことを考えさせられるが、どうせならおいしいご飯が食べられるといいなという、バカな旅行者視点での、今回の旅についての最後のブログ記事でした。その他の主要なことは次号Debacle Pathを今作っているので、そちらをお楽しみに。
(2026/9/3)
