UK CRUST meets INDUSTRIAL
久保 景
(Debacle Path vol.2(2020年4月)より再掲)
80年代の熱狂が次第に失われていく中で、次なる90年代の幕開けを迎えたイギリスのクラスト・シーンは、それまでのサウンドを基盤にしつつも、新たな展開を模索していた。そんな当時、彼等の多くが傾倒していたのが“インダストリアル”と呼ばれるサウンドスタイルである。
本稿では、結果としてその殆どが一過性のトレンドに留まり、歴史の渦の中に埋もれていった“UK CRUST meets INDUSTRIAL”とでも形容すべき現象に今一度着目し、関連作品をレビューしていこうと思う。
元々はFluxusやパフォーマンス・アートといった前衛芸術に端を発し、70年代後半にパンク・ムーヴメントと融合する事で産まれた初期のインダストリアルは、極端にエフェクトされたヴォイスや、歪んだ電子音/ギターノイズ、リズムボックスを積極的に用いた無機質なビート、不穏なテープ・コラージュやループなどの実験的な手法を用いた無機質且つノイジーなサウンドを特徴としていた。
イギリスのThrobbing Gristle(以下TG)やCabaret Voltaire、オーストラリアのS.P.K.などはここ日本でも特に認知度が高く、この時期の代表的なインダストリアル・バンドとして名を挙げる事が出来るだろう。
そのサウンドだけではなく、TGが1976年に設立したレーベル“Industrial Records”からリリースされた彼等の1stアルバムに掲げられている“Industrial Music for Industrial People”というスローガンが象徴しているように、現代社会への警鐘、反体制的な姿勢を強烈に打ち出していたという点でも、“We Make Noise Not Music”なDIYハードコア・パンクスの琴線に触れたに違いない。
そんな初期インダストリアルからの影響を公言しているUKハードコア・パンク・バンドと云えば、まず初めに名前が挙がるのはNapalm Deathだろう。知っての通り、彼等はCrass直系のアナーコ・パンクとしてそのキャリアをスタートさせたが、初期のメンバー全員がTG、Test Dept (彼等はロンドン出身のスクウォット・パンクスでもあった) 、S.P.K.をフェイバリットに挙げている。次第にそのサウンドは苛烈さを増し、やがて“Scum”を産む訳だが、その音楽的背景にはパンク/ハードコアだけでなく、これらインダストリアルの存在もあったというわけである。
これは彼等の過渡期、アナーコ・パンクから更にノイジーで過激なサウンドへと変容していく過程を捉えた貴重なデモ音源と言える。Rudimentary PeniとDisorderをミックスしたような曲調ながら、空間を埋め尽くすフィードバック・ノイズとディレイ処理されたヴォーカルはインダストリアルやWhitehouse、Ramlehなどパワー・エレクトロニクスからの影響を伺わせる。
アシッドな感触すら有る彼等独特の音響工作はここで一旦ピークを迎え、僅か5ヶ月後に録音された次なるデモ、“From Enslavement To Obliteration” (1986) ではよりメタリックな要素を強め、Mick Harrisのドラムが牽引する高速パートが随所に導入されるなど、まさにグラインドコア前夜、pre-“Scum”なステンチ・サウンドへと変化していく。
その後、“Scum”のアナログA面までギタリストを務めたJustin BroadrickはNapalm Deathを脱退。Head of David, Fall of Becauseといったバンドを経てGodfleshを結成する。
Killing Jokeの曲タイトルから拝借されたというバンド名、ドレッド・ヘアにBig BlackのTシャツというJustinの出で立ちは、その後のGodfleshでのサウンドを見事に予見させる。ドラム・マシーンと耳障りなギターによるBig Blackの殺伐としたジャンク・サウンドが彼等にどれほどの影響を与えたかは想像に難くない。幾つかの楽曲はそのままGodfleshへと引き継がれ、現在でも演奏されている。
Napalm Deathのスピードはおろか、人力によるドラムのグルーヴすらも完全に捨て去り、Alesis HR-16 Drum Machineによる硬質なリズムが打ち込まれる。BOSSのHM-2(その後のスウェディッシュ・デスメタルで多用される事でも知られるディストーション・ペダル。余談だが筆者もこのエフェクターの愛用者の1人である)を用いたJustinのギターは、ノイジーに軋みながらドゥーム・メタル的でもあり、人間的である事を拒絶したかような冷徹なサウンドの中でネガティブな歌詞が叫ばれる。
Napalm Deathの“Scum”のイントロでPentagramの“All Your Sins”のリフを思いっ切り拝借している事等からも分かる通り、元々Justinはドゥーム・メタルからもかなりの影響を受けていたようだ。それらの沈み込むような重苦しいサウンドに初期Swansの反復する鈍いインダストリアル・ビート/金属的なノイズとの親和性を見出した結果がGodfleshであったとも言える。
ここで彼等が提示した「ヘヴィなギターサウンド+無機質な打ち込み+ノイズ」という方法論によるサウンドが、同時期のUKクラスト・シーンにも大きな影響を与えていく。
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