Born Against/Mary & Child【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

Born Against/Mary & Child
(“Nine Patriotic Hymns for Children” Vermiform, 1991年)
A.K.アコスタ


 1991年、アメリカの政治状況に希望はなかった。レーガン政権下の8年はパンクバンドに怒りを与えたのはよかったが、アメリカに住む人たちにとっては最悪だった。労働組合は行き詰まり、エイズの流行は無視され、「麻薬との戦争」は監獄人口を増やした。
1989 年、レーガン政権の副大統領だったジョージ・ブッシュ(父)によってレーガンの大統領の座は引き継がれた。もちろん何もよくはならなかった。ブッシュもレーガンも中身のほとんど変わらない保守政治家だ。ブッシュ政権の大きな懸念は、1973年の「ロー対ウェード判決」において連邦最高裁判所により保証された人工妊娠中絶の権利が破棄される可能性だった。レーガン時代に政治的に4名の中道保守~超保守の連邦最高裁判所判事が任命された。最高裁の判事は合計9名。判事の多数が保守派の最高裁判所において、「ロー対ウェード判決」はひっくり返される可能性が非常に高いように思われた。
 ブッシュ政権下において、人工妊娠中絶の権利は中絶反対派(プロライフ)によってたくさんの裁判をけしかけられ、中絶はメディアや抗議行動の重要なトピックとなった。1つ例を挙げると、90年代のはじめ、ペンシルベニア州とリプロダクティブ・ライツ(女性の性と出産に関する権利)に関係するサービスや啓蒙活動を行っているPlanned Parenthood(家族計画連盟)が争った、「ペンシルバニア南東部家族計画連盟対ケイシー裁判」が起きた(裁判の名前は中絶反対派のペンシルベニア州知事だったボブ・ケイシーの名を取っている)。1992年に下された最高裁での判決は「ロー判決」を踏襲し中絶の権利を認めながらも、中絶を受ける手続きを極端に難しくする法律を州ごとに作ることができる余地を残した。これらの州法には、実際に中絶手術を受けるまで長く待たせたり、未成年には親の許可を義務付けたり、医師の診察を何度も必要とさせるものなどがあった。Born Against がこの 『Nine Patriotic Hymns for Children』(子供たちのための9曲の愛国賛美歌集)という皮肉の込められたタイトルの1stアルバムをリリースしたのは、こういった政治状況の真っ只中の1991年だった。
 1991年、私は10歳だった。それまでに90年にワシントンDCであった湾岸戦争反対デモに家族と参加したり、91年にはプロチョイス(人工妊娠中絶の合法を支持すること)のデモに母と一緒に行った。デモに行く地下鉄の中で、ハンガーの上に“NO”のマークが書かれ、その下には“Never Again”とあるデザインの大きなバッジをしている女性を見かけた。そのときはそのバッジが何を意味しているのかわからなかったが、その女性が隣にいたデモ参加者らしい人にそのバッジを指さして、「中絶禁止の時代に戻してはいけない」と言っているのを聞いた。後になって、そのハンガーのデザインは、かつて妊娠中絶が違法だった時代に、女性が自分で堕胎をするためにハンガーを用いたことを示していると知った。
 プロチョイスの人たちはハンガーという象徴的なイメージを使ったが、プロライフの人々はあからさまに直接的で不穏なイメージを好む。彼らは人工妊娠中絶反対のデモで、死んだ胎児の大きなカラー写真のプラカードを持ち、病院に入っていく女性たちに意地悪く嫌がらせをする。Born Againstのこの曲“Mary & Child”は、人の生命を守れと主張しながら、現実には女性も子供の命にもまったく興味のない中絶反対活動家たちの偽善について、明確に言及している。歌詞に“backstreet butchers”とあるように、中絶を違法にしても中絶を必要とする女性がいなくなるわけではない。おまけにアメリカで中絶を違法にする運動を率いたキリスト教右派は、貧困層やシングルマザーたちの生活を極端に厳しくしたレーガンおよびブッシュの緊縮財政政策を支持した人たちだ。1993年と94年には、急進的な中絶反対派によって中絶手術を提供する医療者が暗殺された事件も起きた。Born Against が歌ったように、この偽善者たちは生命など気にもしない。
 Born Againstは全員が男性のバンドで、1990年代はじめに起きたパンク・フェミニストたちのライオット・ガールのムーブメントとは、最初はあまり関係がなかった。ただBikini Killのドラマーのトビ・ヴェイルがBorn Againstのヴォーカルのサム・マクフィーターズの2020年の著書“Mutations: The Many Strange Faces of Hardcore Punk” の序文にこう書いている。「彼は私たちの声を聞こうと、耳を傾けた。」 フェミニストの曲は男性にだって書けるのだ。

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

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