Extended Hell/Despair Sets In
(“Mortal Wound”, D-Takt & Råpunk Records, Media Disease Records他, 2019年)
黒杉研而
Sad Boysで日本のRaw Distractionsともツアーを行い、現在はScalpleやVaxine等のバンドでも活発なMike Hillersonと、Urchin、Afterなど現行アメリカ東海岸ハードコア・バンドのメンバーも在籍するNYCはブルックリンのExtended Hell。筆者が19年の12月に現地に行った際にMikeがギフトにとくれたのだが、これがなかなかいぶし銀のサウンドで堪らない。『4 Track EP』(Brain Solvent Propaganda Records, 2017 年)や『Call Of The Void』(Desolate Records, 2018年)では、後期Anti Cimexや80年代後期〜90年代のブルータルなSwedishハードコアをアメリカ的に解釈したかのようなサウンドだった。実際に数年前の北米シーンでは、Wolfbrigadeなどの再評価の向きがあったのを、あちらのレビューや実際の音源などで筆者も見聞きしている。
このLPでは上述したそれら影響下の重量感を削いだ代わりに、Poison Idea的なうねりやドライブ感、ストップ&ゴーを多用した構成力が加わり、且つ80年代初期や中期のSwedish ハードコアに寄せたかのような疾走感が強まった。怒号と共にシンバル・ブレイクから雪崩れ込み、「卑怯者のセクシストが抑圧に躍起になり、レイシストのゴミどもが後退を推し進める」と吐き捨てる“Spinless”から幕を開け、フィードバックから曲間なしで続く“Disintegration”では、「戦争と暴力の只中で育った世代/常に服従し、沈黙する事を強いられた/無益な戦争が猛威を振るう/全てはただ大きな利益の為に/老いた白人の上流
階級が自身の懐を満たす」と、白人男性に圧倒的に有利なアメリカの階級社会と、否応なくそうした社会に構造的に加担してしまう自身をも批判する言葉が冷徹に発せられる。ニヒルでイロニカルな言い回しが多いが、ハードコアなパンクスなら忘れちゃいけない重要な視点を同時に併せ持った言葉の濁流が、グルーヴを意識したミッドテンポの曲も時折混ぜながら、淡々と、かつ性急に放たれていく。「あいつらにとってお前の命は単なる消耗品。代わりはいくらでもいる。英雄なんかじゃない。誰にも顧みられる事なく、誰かの為に死ぬ。お前はただ奴らの期待通りの事をした。でもこうなる事はわかってたろ?」と、まるでその場で死にゆく誰かに説き伏せるかのような“Mortal Wound”は、トランプを支持するあまり、戦争への志願を表明するようなAlt-Rightの誇大妄想家どもに腐った現実を叩きつけるかのよう。中でも筆者が好きなのは7曲目の“Despair Sets In”だ。
「お先真っ暗の未来/まるで希望の見えない情勢/赦し無き荒廃した社会での、放埓と忘却/膨れ上がった死体が水を汚す/民族浄化の炎が燃え上がる/殺戮者の残党ども」
KKKの残存勢力や、先述したAlt-Rightが跋扈する現状や、今年起きた白人警察官による黒人男性George Floyd氏の殺害、そしてそれ以降一層勢いを増したそれらの勢力によるエスニックマイノリティやトランスジェンダー当時者に対する暴力をも予見し、悲観するような内容だが、ここで示されている「放埓」や「忘却」とは、このアルバム全体を通してかれらが繰り返し警鐘を鳴らしている事でもある。ブルックリンを始め、アメリカのパンクシーンにはラテンアメリカやアジア、アメリカ先住民に出自を持つ者も少なくない。かれかのじょらにとって歴史修正主義及び人種差別、民族主義の台頭は、1日たりとも忘れる事など出来ない問題だ。そしてサビでは、この手のハードコア・パンクではあまり用いられる事のないカオティックな不協和音のリフに乗せて「絶望が始まる」と繰り返し叫び、わずか1分弱で曲は終わる。この潔さ…雪崩のごとく押し寄せては嵐のごとく過ぎ去り、聴くものを圧倒する怒涛の展開が、Dischargeを始めとした古きよきハードコア・パンクが編み出したある種の表現技法/様式とも言えるべきものだが、そうしたハードコア・パンクが有する普遍的な魅力がこのLPには沢山詰まっている。飄々としたイメージのMikeは、ここ日本でもクレイジーなドランク・パンクスとして知られていて、私もそれは首肯せざるを得ない(笑)。だが彼は同時に、地元ブルックリンのパンクやアナキストの友人と共に、野宿者支援を精力的に行う人物でもある。このコロナ禍においても、そうした人々に消毒液などの医療用品やヴィーガンフードを配るといった、地域に根ざした活動を続けているし、Black Lives Matterに関連した活動にも余念がない。そういった側面を知れば、かれのやっているバンドの音源もより一層楽しめるし、そのディテールにより深く迫る事が出来るのではないかと思う。
「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より