(2016/1/25 旧ブログより)
1か月のアメリカ生活、あっという間に終わってしまって、ああ帰国。ようやく時差に体が慣れたのに、また逆戻りでもったいない。朝起きると持病の首痛とあいまってなのか、吐き気すらしてくる。困ったものである。
バージニアでの生活はとてもゆったりしていて、ネコにあそばれながら、(寒かったので)ひたすら本を読む日にはさまれて、車に乗って州の南部へ出かけてakの親戚や友人に会ったり、シャーロッツビルという町に行ってポーの学生時代の部屋がそのまま残っているUVAに行ったり、周辺の古本屋をあさったりした。ジム・トンプソンのBlack Lizardからの本や、読めるかわからないが、『万霊節の夜』を読んで以降気になって仕方がないCharles Williamsの未訳本(”The Place of the Lion”はそのうち訳が出ると思っているが、果たして…)、あわせて戦前のGhost Storiesのアンソロジーなどを適当に買った。DCにも行って、akのパンク友人の家でヴィーガン料理をごちそうになったり、バカ話をひたすらしたり、バーにでかけてピンボールをやったり、ふっくらしたリスを見ながらホワイトハウス周辺を散歩もした。
おいしいものがそこらじゅうにあったので、いつのまにか食べることが至上の楽しみになってしまった。どれもそれなりに高かったのだが(安く食べられるのは大規模ファストフード店くらいだろう)。ベトナム料理は何回も食べたし、中東テイストそのままのファラフェルプレートや、あとレバノン料理やアフガン料理なんてのも、町にレストランがあったので行ってみた/連れてってもらった。ダイナーでモーニングブリトーなんてのも食べたな(このへんの食べ物の話は、2月15日のVegan Extreme vol.4で話す予定なので割愛)。
帰国前にサンフランシスコに寄って、Iron Lungのジョンとその彼女の家に数日世話になった。サンフランシスコでは連日ライブに行ったり、サンフランシスコと言えば、の本屋やレコード屋にたくさん行ったり(24th st.最高)、久々に再会したAsunderのジェフに一日オークランドを連れまわしてもらったり、また懐かしい人にも偶然会ったり、いろいろあったので別で何か書くか。
さて、ここで書こうと思ったのは、私がおくった日常のことなどではない。アメリカといえば、ジェントリフィケーション、gentrification。私の中では少なくともここ数年はこのことばかりが気になっている。今回行ってみて、やはりそれを感じずにはいられなかった。特にサンフランシスコは聞いていたよりも随分とひどい。高層マンションは次々とできて、居住区の家々はリフォームの真っ只中で、足場が組まれているのをよく見かける。実際に滞在中に、ミッション地域に住む友人が、急な家賃の値上げ要求をめぐって大家ともめていて、また別のところを探さないといけないと言っていた。大家がまわりの家賃高騰に従ったり自分の懐事情により気ままに家賃を上げたら、それに従うか、または出ていくしかない。それまで何年も、何十年も大家とよい関係を築いていたとしても、ある日とつぜん大家の気が変わったら、家賃の値上げである。たとえば大家の親戚か友人が、「まわりの家はもっと取ってるんだから、あなたも上げたらいいんだよ、お小遣いいっぱい入るよ」とでも差し金を入れたら、ちょっとファンシーな旅行に行きたいな、とでも思ったら。すべては大家の恣意的な裁量の上に、かろうじてあやうい生活が保たれているわけである。そこには規制もいちおうあるようだが、上がることに変わりはない。仕方がない、出て行って他の家を探すかと言っても、まわりも似たように家賃の高騰しているところばかりだ。どうしようもない。
ジェントリフィケーションの問題は、DCの「サバーブ」であるバージニア北東部でも起きていて、最早ベイエリアやニューヨークだけではなく、どこでも起こりうることのようだ。ここでは家の価格が昔とくらべてとんでもなく上昇していると聞いた。DCでお役所関連の仕事をする白人たちが、車で30分ほどの好立地で家や土地を買い上げているらしい。
ご存じない方のためにあらためて説明するが、ジェントリフィケーションというのは、ようは貧困層が住む地域に金持ちやヒップスターたちが流入したり投資をして、その土地にもともと住んでいた人たち=貧困層を追い出してしまう現象だ。サンフランシスコではgoogleやfacebookなどのテック系企業で働金を持った若者が移り住んで、家賃は以前とは比べ物にならないくらいに上がってしまっているそうだ。ちなみに移り住む側の視点で見てみると、「富裕層の人々が、貧困で治安の悪い地域を再開発し、高級化させる」とネットにあった。「街をポジティブにアップデート」したいらしい。なんともゲロゲロと吐き気のする文句である。日本語のネット記事を見ていてびっくりしたのだが、ジェントリフィケーションを説明するブログみたいなサイトに、それを好意的に書いている人がなんと多いことか。自分たちのことを「Disruptor」とか名乗るうざいスタートアップやIT企業の奴らが、シリコンバレーにあこがれて、アメリカのこの現象はクールだぜ! 日本でもアドプトしようぜ! みたいなノリで書いているのだとしたら、頼むから勘弁してくれよそでやってくれ、いや、正直に言おう、死んでくれと言うしかない。何がDisruptorだ、Disruptを100回聞いてやり直せ。
アメリカからのパンクスがツアーや旅行などで日本に来るとき、ベイエリアやポートランド、ニューヨークのような(大)都市のバンドや人たちが多いように思うが、彼らと話していて「ジェントリフィケーション」という言葉を聞かないことはもはやないように思う。それくらいパンクスの生活にも直接的な影響を与えているわけである。そりゃ「住まう」ことにモロに直結するわけだから、影響がないわけがないか。元来パンクスや、もっと大きなカテゴリで「芸術家」というのは、お金がない。お金にならないことに、お金でははかれないことに情熱をそそぐから、お金なんてあるわけがない。お金を稼ぐくらいなら、楽しいことをしていたい、創造的なことをしていたい。そんな人たちがかろうじて生活していける程度の家賃の地域に、金持ちやITバブルの申し子たちがやってきて、それらを経済的に追い立てるわけである。またその街がもともと持っていた雰囲気と言うのも、ホテルやオシャレなカフェ(またもや吐き気のする言葉だ)などによって一掃される。やってきた金持ちと、貧困層・元々の住民の間での交流などなく、あいさつもしない。ただ街が変わってしまう。先ほど引用した「貧困で治安の悪い地域を再開発」というのは、ボロを着たパンクスを追い出すことと同義である。
日本ではこれは行政の手による野宿者の排除、公園などにおける行政代執行のようなかたちで随時行われているが、アメリカのジェントリフィケーションと比べると、やや内実が異なるようにも思える(サンフランシスコにテック企業を誘致しているのは行政だが、この現象、ブームをゴールドラッシュに例えて自らSFにやってくるテック系の人々も多いらしい)。オリンピックの名のもとに行われるものもある。どちらがひどい、というたぐいの話ではないが、どちらにせよ「やられる」のは「持たざる者」である。
サンフランシスコやオークランドのパンクスたちはどのように暮らしているのか、家賃を払っているのか、友人に聞いたところでは、やはりシェアハウスをして高い家賃をみなで割っている人もいるみたいだし、東京のそれのように小さな部屋に住んでいる人もいる(アメリカの誰もが住んでいたような広い家のイメージからすると考えられない)。若い人は親元で同居している人もいるのかもしれない。とても陳腐な文句だが、お金は人を狂わせる。狂っていく人たちによって、創造的で刺激にあふれたあこがれの街すらも狂わざるをえない、悪い方向へ。
詳しいことは不勉強でわからないが、日本では地域の再開発は土建屋と行政が中心になって行われるようだし、「下町はクールだ!」とテック系やヒップスターたちが大量に流入するという話も今のところ聞かない(東京だとそういう人たちが住んでいるのは六本木とか渋谷、恵比寿ということになるのだろうか。たのむからそこから出ないでほしい)。しかしブームというのは何がきっかけでいつ起こるかもわからない。ブログでかの地のジェントリフィケーションにあこがれている奴らが、いつやりだすともわからない。そして先述のように、野宿者の排除はこのミンシュシュギ国家ではいつも行われている。
何の抑揚もなくダラダラと書いてしまった。ちょっと(というかいつものごとく)暗澹とする話題なので、次は見たバンドのことでも書こう!