Muro(ボゴタ)を見たこと

先週、コロンビアのボゴタから日本にやって来ていたMuroのライブを見た。2016年くらいだろうか、初めてこのバンドの存在を、確かDoomed To Extinctionのペジャに教えてもらい、ボゴタやコロンビアのパンクスは今世界で一番「戦っている」パンクスだ、というようなことも合わせて聞いてから、ずっと気になる存在だった。決定的だったのは、今年の3月に出たEl Zine vol.70に載ったインタビューで、改めてアンダーグラウンドとは、DIYとは何か、というようなことを考えさせられる、語る言葉がいくらあっても足りないような、 とても濃密な内容だった。このインタビューはぜひ広く読まれてほしい。

そんなバンドがついに日本にやってくる、という告知を見て、まず思ったのはビザのことだった。日本政府はコロンビア国籍の人の訪日には今もビザを要求している。多くの「先進国=ビザなし国から来るバンドのように、パスポートを持って(時には楽器すら余裕で持ち込んで)入国の心配ゼロでやって来て、ライブや観光をして帰る、という、今や特に東京で毎週のように起きている「日本ツアー」のようにはいかない。もちろんビザが必要な国は他にもある。以前フィリピンのバンドを日本に呼ぶのを手伝ったときには、保証人として個人情報のあれこれや預金残高証明まで求められたりしたし(結局そのツアーは流れたが)、愚弟がやっていたバンドがロシアのFatumを呼んだときには、私も間に入ってあれこれと手伝ったり、インタビューもしたり、ビザを取るそんな方法があるのか、というようなことも知って驚いたりした。Fatumは無事入国し、飲んだくれロシア人として各地を荒らして回ったのはご存知の通りである。ボーカルのイケメンとゴーゴリの話をしたのが懐かしい、「彼はロシア人じゃない、ウクライナ人だ」と。

さて、Muroは無事入国できるのだろうか。ちょっと心配になりながら時間が経ち、入国の告知を見たときには、これは見逃してはならんだろうという、直感のようなものがあった。ロングコロナで体調を崩して以降、人混みを避け、ライブなどに行く気はほとんど失せてしまい、田舎に引っ込んでさらにその意欲はなくなった。でもこれを見逃せば、自身のアンダーグラウンド・パンクへの興味がさらになくなってしまうのではないか…。というのは大げさだが、久しぶりに見るライブが今一番気になっているバンドのひとつ、だというだけで、もう行かない理由はない。弟を誘って、平日夜の彦根に行くことにした。名神の工事で一車線の渋滞、Navelは見逃した、20年ぶりに見れると思ったのに、残念。

会場のダンスホール紅花は、20時までしか音出しができないという、古いビルに入った小さなキャバレーみたいな場所で、Navelの冨永さんいわく、このあたりは彦根の「怪しい場所」だと。川沿いの路地のまわりには旅館がいくつかあった。いわゆる古い「悪所」なのかもしれない。Debacle Pathである(詳細は別冊2を読んでね)。共同運営だという、DIYで素敵なハコである。
Muroのセットは最初の出音がドカンと来て、おおこれこそハードコア・パンクだと、皮膚に伝わってくるような感覚だった。久しぶりだ。淡白なセットではあったが、手数が多いのに圧倒的に出音がでかいドラムを見ているだけでも楽しかったし、その場に様々なエネルギーが渦巻くような、そんなライブだった。

今回Muroを呼んだひとりのDiscos Peligrososのボンド君が言うには、あのEl Zineのインタビューは硬めだったけど、メンバーはみんな話すのや冗談が大好きな陽気な人たちということで、終わってボーカルに話しかけ、しばらくあれこれと話をした。彼の名はダルシと言った。日本の印象や、これまでツアーで行った各地の話やら、ビザのこと、コロンビアでの仕事、生活の大変さ(コロンビアの平均月収をググってみて)、危険さなどや(環境保護活動家が世界で最も多く殺されているのがコロンビアだとか)、移民することの是非など(ギターのひとりがスペインに移民している)、いろいろ話したが、最後に「それでも僕はコロンビアでの生活が好きだからね」と言っていたのが印象的だった。

今は毎日のようにパンクやハードコアのことを考えているわけでもなく(次の本の作業はだいたい毎日やっているが)、以前書いたように翻訳の仕事もほとんどなくなり、次はどうしようかといろいろと思いあぐねているような状態だったが、身にふりかかる危険など何もない、圧倒的なぬるま湯の中で私は何をやってるのだろうと(猫と遊んでいるだけだが)、ちょっと自分が情けなくなってしまった。でもやっぱりハードコア・パンクはいいなと素直に思えるライブだったし、何か次につながりそうな体験だったのは疑いがない。


早速動画が上がってた。

(2025/11/20)