Corvo/Pérdida【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

Corvo/Pérdida (“Demo 2018”, Society Bleeds Records, 2018年)
コウヘイ(Rashomon, 鏡)


 ワシントンDC のパンクシーンは比較的小規模であり、企画に30人集まれば大成功と思える時期もあった。小さなコミュニティであることから、 近寄り難いと感じてしまう人も少なくないと思う。筆者がワシントンDC に住んでいたのは2012 年から2018年までで、そのうち頻繁にDIYシーンでバンド活動や企画を行っていたのは2014年以降だ。2010年代中期といえばPure DisgustやKombatを筆頭とした「ハードコア」よりも「パンク」色が強く、マイノリティのレペゼンテーションがしっかりとみられるバンドが増えてきた為に自分としてもシーンに顔を出しやすくなったと思えた事をよく覚えている。DCのパンク・シーンといえば10代や20代が伝統的に多く、郊外から親が車で少年少女達を汚いDIYスペースに送り迎えをするというシュールな光景も未だに見られる。そのかわり、シーン内の人間関係は早期的に形成され、後から参加した者がそこにうまく浸透するのは思う以上に難しい事でもある。
 Kevinと初めて出会ったのは2015年くらいだったと記憶している。自分もシーンに馴染みを感じ始めた時期であったが、見た事のないラティーノの高校生がものすごく激しいモッシュをかましている光景は未だに忘れられない。数年後にはシーンで一番カッコよく、勢いのあるバンドのボーカルを担う事となったKevinだが、エルサルバドルからアメリカへ移民して数年しか経っていなかった彼にとって、バンド活動を始めるきっかけを作るのは容易な事ではなかったと思う。始めのうちは高校の友達や、DCのラティーノ活動家であるJoseと共にライブへ来ていた彼が少しずつシーンへ浸透していく様子は、数年前の自分を見ているようにも感じられた。
 Corvoは2018年に結成された ハードコア・パンク・バンドだ。とにかく速い。そして攻撃的であり、Kevinのスペイン語で歌うボーカルは観ている者、聴いている者を切りつけるかのような危なさを持っている。ベースのビルはテキサスのImpalersを聴いて感化された結果、D-beat調の曲を書き始めたと言っていたが、それに加えてMisled YouthやCoke BustなどにもみられるDC のYouth CrewやSxEのバンドを連想させるヘビーな側面も感じ取られる。Corvoというバンド名はエルサルバドルの先住民由来の単語であり、「マチェテ」(主に農業や山林での作業に使われる刃物)という意味の言葉だ。スペイン語でCorvoは「烏」という意味である事から勘違いされやすいらしい。Kevin曰く、攻撃的な武器では無く、農民や労働階級のシンボルとしての「マチェテ」を意識したらしいが、自由に解釈をしてくれればいいとも語っている。2018 年にリリースされた『Demo』は正直、デモテープとしてはもったいないくらいのクオリテイの作品に仕上がっており、個人的にはここ数年のうちにリリースされたDC発の音源の中でもトップレベルだと思う。そのDemoの6 曲目である“Pérdida”は歌詞的にも音楽的にも際立っており、Kevinの個人的な体験を表現している。
 Kevinが生まれたのはエルサルバドルのサンサルバドル県・グアザパ地区。彼の地元の経済は主に農業で成り立っており、 幼い頃から貧困に苦しめられた。80年代に米レーガン政権の軍事支援と共に繰り広げられた内戦によって何万人もの農民が右翼政府の犠牲となり、それによって発生した貧困や治安悪化による暴力を逃れるために沢山のエルサルバドル人がアメリカへ移民した。資本主義の拡大によって貧困が無くなる事は当然無く、現代においてもたくさんのエルサルバドル人が貧困からの脱出を求めてアメリカへ渡っている。その背景をトランプ大統領が把握しているかどうかはわからないが、公の場でエルサルバドルを「糞溜め」呼ばわりした事は記憶に新しい。Kevinの家族のうち、最初にワシントンDCへ渡ったのは彼の父だった。Kevinが9歳の時である。 ワシントンDCはアメリカの中でも中米からの移民(主にグアテマラ人とエルサルバドル人)が多く、大きな移民のコミュニティが存在する(ただしジェントリフィケーションによって中米移民の多かったMount Pleasant、Columbia Heights地区はヒップな白人の街と化し、家賃の高騰によって殆どがメリーランド州の郊外へと移ってしまった。)。Kevinの父はDCで現場仕事の職を得て、地元での基盤を作る事に成功したため、3年後にはKevinの母も、追ってアメリカへ移民する事となった。エルサルバドルからアメリカへ渡るのは簡単な事ではない。グアテマラ、メキシコ、アメリカの3つの国境を非合法的に渡る必要があり、「コヨーテ」と呼ばれる国境渡りの専門業者に金を払う必要がある。しかし、「コヨーテ」は善意でこのビジネスを運営しているわけでは無く、その立場を悪用する者もいるためにかなりのリスクを負う必要があるのだ。それでもKevinの母は、彼に恵まれた人生を送るチャンスを与えたいという一心でアメリカへ渡る事を決断した。

あなたが何処にいるのか判らない
失われ
誘拐された
社会の怪物によって
あまりにも理不尽である
あなたが何処にいるのか判らない
家族から離れて
欲と
社会の疫病によって
死は一斉に訪れる
そしてあなたが何処にいるのか判らない
彼女と一緒に居たい
何処にいるのか判らない
あなたが何処にいるのか判らない
“Pérdida”

 Kevinの母が出発してから2週間あまり経った頃、彼女からの連絡は途絶えた。唯一わかっていたのは、彼女がメキシコにたどり着き、そこで別のコヨーテへ引き渡される予定であったという事。Kevinの家族はできる限りの手段を駆使してメキシコ内にいるはずである彼女の消息を辿ったが、見つかる事は無かった。そして今現在もKevinは自分の母に何が起こったかはわかっていないそうだ。現実に、アメリカへ渡る過程で行方不明になる者は沢山いる。また、アメリカ政府はメキシコとの協定によってメキシコ/グアテマラ間の国境を監視する機関を設置しており、そこで捕まってしまう者も少なくない。アメリカ国内外における厳しい法的取り締まりや、軍事政策を中心に行われた「麻薬戦争」、軍事的支援を介したラテンアメリカ圏諸国の左翼政権転覆、またそれに伴う軍事的独裁者の設置などによって中南米に混乱をもたらした挙げ句、貧困や暴力から逃れるためにアメリカへ渡る者たちを犯罪者扱いするのはとても無責任な事だ。
 その後、Kevinの父はアメリカの永住権を獲得する事に成功し、家族であるKevinにも同じ権利が与えられた。そしてワシントンDCでパンクに出会い、彼の世界は一気に広がった。先述した活動家のJoseのおかげでEskorbuto、Flema、Los Crudos、Sin Dios、Parálisis Permanenteなどのバンドに出会い、強い影響を受けたという。また、彼はストレートエッジであり、 ストレートエッジという言葉をワシントンDCで知る以前から、飲酒やドラッグには絶対に手を出さないという約束を母と交わしていたそうだ。母がエルサルバドルを出発する際、彼女が一番心配していたのは自らの危険な旅路ではなく、残されたKevinの事だったという。エルサルバドル国内においてギャングや麻薬の蔓延は大きな社会問題であり、稼げる仕事も少ないためにそのような組織や麻薬売買に止むを得ず手を出してしまうという現象は若者の間ではよく見られる。Kevinはその約束を守り続ける事によって母との繋がりを心の中で保ち続け、ハードコア・パンクを通して自らのアイデンティティと現代社会への怒りを表現している。

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

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