Dirt/Democracy【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

Dirt/Democracy (“Object Refuse Reject Abuse”, Crass Records, 1981年)
黒杉研而


 英国アナーコパンク黎明期及び草分けの重要バンドであるDirt(Death Is Reality Today)の初の7”EP は、1981年にCrass Recordsよりリリースされた。それより以前にバンド名をタイトルに冠したDemo音源がリリースされているが、当該曲である“Democracy”はそのデモやその後のフルレングスや編集版にも度々収録されているので、このバンドを代表する曲と考えて差し支えないだろう。このEPは近年はリイシューされてないので中古で見かけたとしてもやや値が張るが、Skuld Releasesからリリース、再発もされている編集版“Black and White”にも収録されており、こちらが比較的現在でも入手しやすいので、未聴の方はこちらを手に取るのがいいだろう。
 “Democracy is a con job they got you fooled,”(民主主義は奴らがあなたを騙す為の詐欺仕事)という節から始まるこの曲は、国家権力から強いられ、植え付けられるものとしての「民主主義」を根底から批判し、それらの手合いに一切耳を傾けるべきでないと訴えかけるかのような歌詞だ。パンクはその質、程度の差はあれ、反権力がモチーフとしてある文化だ。とは言え、いかにイギリスと言えど81 年の当時からパンクスの多くが同時に「アナキスト」でもあったとは考えにくい。むしろそうでなかったからこそ、「アナーコ・パンク」がパンク内部で一つのオルタナティブな勢力として、歴史的に位置づけられたのだと想起する。
 権力はあらゆる手段を通して彼らの云う法と秩序の根拠、そしてその出鱈目について人々を教化しようとしてくるし、それは上っ面の詐欺でしかないから騙されるなと叫ぶ。と同時に、あなたはそれがペテンに過ぎない事を知っているはずだと、だから自分自身を見つめ直して、時には群衆の中に紛れながら、来るべきその日を待とうと聴き手に語りかける。群衆に紛れるというのはこの場合埋没や逃避のみでなく、抗議行動に混じってそれこそ火炎瓶を投げる事をも含意すると思う。極シンプルな言い回しで、社会科学的であったりいかにも「左翼的」なタームは用いられず、しかしながら本質を衝いた言葉が、性急なマーチングスタイルのドラムが牽引する耳障りなパンクロックと共に、聴くものの脳髄を揺さぶる。つまりこれは、国民国家を基盤とした体制、その権力が仕掛けてくる「教育」へのアンチテーゼとして、自分たちや周囲の人々をその影響から引き剥がす為のものとして書かれた、ある種のSelf Educationを意図したものであると言えるだろう。実際に一部のアナキストは直接的な闘争だけでなく、そういった意味合いでの「教育」を重視していたりもする。(クロポトキン的な無政府共産主義に顕著か。)
 今日の世界のパンクスも、上述したイギリスの例に及ばず、その政治的スタンスは決して一様ではない。愚直なアナキストも居れば、現実志向のリベラルもいるし、いわゆるノンポリも居る。誰かが誰かの思想を強制的にラディカルにしたり、あるいは穏健にしたりする事は出来ない。しかし、思考を止めぬよう、内省を促すよう言葉を選んで試みる事は出来るし、それは依然として必要な事だ。こうした過去の取り組みの蓄積の上に、現在の多様なパンクカルチャーが存在していると言えるのだから。
 今日のいわゆる先進国に代表される国民国家は、その多くが建前として「民主主義」を掲げている。日本の自民党ですら“Liberal Democratic Party”である。それがペテンに過ぎない事は言うまでもないが、それ以前の前提として、国家が掲げる「民主主義」と、パンクスやアナキストのような人々が理想とする「民主主義」は全くその質を異にするものである事は、パンク文化に今もどっぷり漬かる私たちにもっと顧みられていいだろう。気付かぬうちに、私たちも換骨奪胎されてはいないだろうか。

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

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