Hibernation/Hibernation
(“Into the Silence of Eternal Sorrow”, Power it up, 2003年)
渡邉(MATERIALO DISKO)
2018 年には15 年ぶりのアルバムをリリースしたギリシャはアテネのHibernation(Χειμερία Νάρκη)。80 年代の末よりForgotten Prophecy〜Chaotic Endと活動を続けてきたAlex氏によって1996年に結成されたバンドだが、ギリシャといえば彼/彼女達を思い出す人も多いのではないだろうか。
今回取り上げるのはそのバンド名“Hibernation=冬眠”を冠した曲だが、過去のインタビュー(“Out From The Void issue 1&2” zine, Engraved Music, 2001年)でAlex氏はその言葉をバンド名とした理由についてこう答えている。
「Hibernationという言葉を選んだのは自分たちが生きる社会の状況、世界のあり様をうまく言い表わせる事が出来ると思ったから。俺達は人々、そして社会全体が「永遠なる冬眠」の只中にあるんじゃないかって思っている。そして彼らはそこから決して目覚めることはない。人々は気に懸けない。ゆっくりと死んでいく地球のことを。世界を覆う戦争を。薬品まみれの有害な食品を。病と飢えに弊れていく人々を。そしてその他多くの事を。君も知るように、そうした人々は全く無気力に生きている。ただテレビを見て、いい車を買い、快適な部屋や高性能のコンピューターを手に入れ、良い仕事に就く。それだけの人生で充足してしまっているんだ。機械のように生きて、反応し、あらゆる事をコンピューターで処理して、感情というものを失っていく。それは俺にとって人間である事をやめて、人生の指針を無くしていくことなんだ。Hibernationはそうした状況をまさに言い当てていると思うし、自分たちを取り巻く世界、死人のように虚な人間から成る社会というものをズバリ表現したものなんだ。」
彼がこのように答えてから20年近く経ったが、現在の状況はどうだろうか。少なくとも私もこの「永遠なる冬眠」の強烈な眠気から醒める事が出来ないまま、霞む眼で日々を過ごしているひとりであるという事を自覚している。ひとつの例として、こんな話は言われて久しいが、技術の進歩は私達に様々な弊害を与えながらも多くの事を随分と便利にした。私自身、ついて行けていない事や皮膚感覚的に避けている事もあるが、それでも生活の中の様々な場面でその恩恵に預かっているという事を十分に実感している。実際この文章もクラウドを経由してPCとスマホで書いているし、SNSでGray Window Pressの発足を知る事がなければ、先ずこうして書く機会は無かったと思う。多少の後ろめたさを感じながらもアマゾンやサウンドハウスを利用するし、サブスクはお財布に優しい。このように、私の生活のほんの一部だけを見ても、20年前と比べて状況は大きく変化し、コンピューターへの依存度がさらに高まった事は明らかだ。
Alex氏の言ったように「あらゆる事をコンピューターで処理」するようになった私達は、画面に集中する時間が増えた為、取捨選択の余地が無い程に溢れ返る情報の中をOD寸前で生きている。例えば「うつ」がそう言われるように、個人差はあっても脳がキャパオーバーを起こせば認知機能が低下し判断力が鈍る。その結果、私達はより情報によってコントロールされ易い状態になってしまったのではないか。至る所に消費を煽る広告や不安感を与える記事が溢れる。無気力で盲信的になった人々は競争に駆り立てられ、自ら分断し分断されていく。自分でコントロール出来ないものに囲まれ過ぎた結果、自分自身のコントロールがままならなくなっていく。
今年に入り内閣府は「ムーンショット目標」なるものを発表し、「2050 年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」する事をそのひとつとして掲げている。まるでSFのようにも聞こえるが、それが実現するかもしれない将来、私達の目の前に広がるのは徹底的に管理し尽くされた逃げ道の無いディストピアなのだろうか。
壁の向こう、画面の向こうに
存在しない空虚な人生の背後に
仮面の向こうに、被害妄想の中に
架空の逃避という幻想の裏で
腐敗し、束縛された夢の裏で
沈黙を破ることのできない音の向こうに
果てしなく彷徨う孤独の姿
察することも、感じることも、反応することもできない
永遠なる冬眠
終わることのない無気力のサイクルの中で
永遠に生命の痕跡を消し去ったこの文明の残酷で冷酷な終焉に残った灰を読む
自らを難攻不落の檻に閉じ込めた人々は、夢と希望を墓へ埋め、永遠に不毛な心を閉じた
“Hibernation”
「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より