Insolent Wretch/Treacherous Scum【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

Insolent Wretch/Treacherous Scum
(“Treacherous Scum”, 自主, 2020年)
久保景

 アメリカのExpedite Death Zineをご存知だろうか? 目下の最新号であり、日本にも少数入荷したVol.5(2017年)には、S.D.S. やInstinct of Survival、Nuclear Death Terrorといったバンドのインタビューが掲載され、極一部のマニアの間で話題となった、いわばクラスト特化型ファンジンだ。
 そんなファンジンの編集者であるKyle が中心となって結成されたクラストコア・バンドがInsolent Wretchである。バンド名を直訳すると“無礼な恥知らず”となるが、Kyle曰く映画『ロビン・フッド』(2010 年)の劇中、官僚共の財産を奪う盗賊達がそう呼ばれていた事に由来するらしい。フロリダ州タンパを拠点とする彼等は、2019年に『Insane Civilized』(1st Demo)をリリースしたばかりの新しいバンドだが、同郷のデス・メタル・バンドであるVacuous Depthsとも親交が有るなど、ローカルならではのある種、独特な活動を展開している。
 2020年の2月にレコーディングし、僅か50 本のみ制作された『Treacherous Scum』は彼等にとっての2nd Demoにあたる作品だ。もっさりとしたD-beat主体で、どちらかと言うとDis-Coreに近い感触を持っていた1st Demoと比較すると、ややスウェディッシュ寄りだが、より90年代的なステンチ・クラストに接近した内容となっている。影響を受けたバンドにHiatus、Doom、Sore Throat、Extreme Noise Terror、Anti Cimex、Shitlickersといった面々を挙げる彼等らしい作品と言えるだろう。個人的には2020 年ベストリリースの1 つである。
 Demoという性質上仕方の無い事かもしれないが、残念ながら歌詞やステートメントの類はどこにも記載されていない。その為彼等のメッセージは、リリースされた音源を手にして聴くだけでは伝わりにくい部分がある。しかし楽曲やアートワークにおいて一種の美学を貫いている彼等の事、歌詞にだってそれは反映されているはず、と勝手に思った筆者は、Kyleに何曲か歌詞を教えてもらった。
 Demo冒頭を飾る表題曲の“Treacherous Scum”は、戦争が人間にもたらす狂気について歌われている。

人殺しのクソ野郎
世界規模の惨事
汚物の邪悪な面
核の豚が犬共に餌をやる
人類が息絶えるまで戦争が無くなる事は無いのか
嘘つきのクズ

と叫ばれる歌詞は、そのシンプルさ故に、余計ダイレクトに響く。
 核を持つ国の為政者達は、世界を覆う見えないウイルスがもたらした昨今の混沌を「戦争」や「戦時下」という言葉で表現しようとする。例に漏れず、日本においてもそれは同じだが、都合の良いデータを持ち出してきての自己正当化、根拠の無い精神主義、デマゴギーの流布、自粛警察などの「自警団」による蛮行等は、まさに過去の忌まわしい戦争がこの国の人間にもたらした狂気そのものであると言えるだろう。
 これは本当にウイルスとの「戦争」なのだろうか? 私達人類はあれから何一つ学ぼうとしてこなかったのだろうか? そして、まだ国家などというものを信用しようとしているのだろうか?「戦争」とは、“嘘つきのクズ”の資本家を肥やす為に、国家が民衆を洗脳し、従属させ、代わりにあらゆる犠牲を払わせようと仕掛ける最低最悪のしくみである。その事を今こそ忘
れてはならない。続いては“Nobody Knows”だ。

生きることの苦悶
それは誰にも見えない
慢性的な病にひどく疲れ切って
退廃し、衰弱する
苦痛に満ちた人生
私は救いを求めている
誰も知らない
痛み、憂鬱、恐怖、不安!

 こちらも極々シンプルに紡がれた言葉が、むしろ大きなインパクトを与えてくれる。この曲は社会やシステムによって打ちのめされ、蝕まれてしまった精神と、それに対する周囲の無知/無関心について歌っている。こういった、自己の内面と他者との間にある絶望的な距離や、人生の苦悩を扱った歌詞というのは、クラストコアの伝統的な側面の1 つでもある。Doom の代表曲“Lifelock”の「誰も私の心の中を見通すことは出来ない/自分の本当の思いは誰にも打ち明けることが出来ないんだ」という歌詞の一節などは、まさに“Nobody Knows”と地続きである。
 ますます苛烈なネオリベ的競走/管理社会の中で、多くの人々が疲弊し、精神をすり減らしながら生きている。 “Nobody Knows”の歌詞が伝えているのは、そんな社会の中で口をつぐみ、死ぬまで搾取される事を承認する諦念ではない。私達の傷ついた心が叫ぶ、システムへの糾弾なのだ。

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

目次に戻る