Instinct of Survival/Never Forget
(“Winter In My Mind”, Bolzkow Records, 2006年)
黒杉研而
ドイツのハンブルクを拠点に活動するステンチコアのベテランバンド、Instinct of Survialの7”EPとしては2作目に該当する本作は、2006年に同じくハンブルクのBolzkow Recordsからリリースされた。同バンドとしては1998年からとなっているが、Sperrzoneという名前で95年には活動を開始しており、Kalle、Padde、Hauke の3人は当時からのオリジナルメンバーだ。メンバーによれば90年代初頭にはギグに顔を出していたらしい。それ故か、かれらの日頃の政治的言動からは所謂「90年代DIYパンク」のエッセンスを感じ取る事もできる。単にメタルから厭世的なイメージやモチーフを拝借しただけの、社会的文脈から切り離されたものとしての“Crust”ではないという事だ。当該曲“Never Forget”は、一言で言うならドイツの戦中、そして現在に至る戦争責任及びその加害性を批判したものと言える。言うまでもなく戦中のドイツはナチスの専制支配体制の只中であり、ナチスの優生思想に基づく侵略、植民地主義的覇権はユダヤ人のみならず、周辺のポーランドやオーストリア、リトアニア等にも手を掛けた。
優生思想の下ではあらゆるマイノリティ属性が「劣等である」と見なされる。結局の所、ドイツ国籍を持つ白人であったとしても、権力からして邪魔な存在であればいくらでも拡大解釈して排除を正当化できたという事だ。仮に現代であればそこに「パンクス」も含められたであろう事は想像に難くない。
“It’s hard to breathe… the dusk of cyclone b”と冒頭で綴られているが、これはナチスがガス室でユダヤ人や障がい者、同性愛者の人々を殺すのに使った毒ガスである、ツィクロンB(Zyklon B)の事だろう。長い活動期間を通して音楽性を変えてきた彼らだが、このEPではまだPost Punk~Dark WaveやCold Wave的な影響が現れる前の、Bolt Throwerからの露骨な影響を感じるブルータルなStench core/Death metalを聴く事が出来る。その激烈重厚かつ燻んだ薄汚いリズムと、Black SabbathやHellhammerも裸足で逃げ出す漆黒のリフレインに乗せて「決して忘れるな。忘却の内に消し去られた巨万の存在を想起しろ」と邪
悪に呻く、グルーブ感溢れるダウンテンポが堪らない。
ナチズム批判は、言ってしまえばヨーロッパのPunk/Hardcoreの鉄板だ。だからこの曲をもって「彼らはとても政治的なバンドだ」と言いたいのではない。そうではなく、むしろこの曲で歌われている事や打ち出されている姿勢は、所謂Punk/Hardcore、Crust punkのグローバル・スタンダード、基本的な水準である事だ。
考えてみて欲しい。一方で、日本でもし戦中の帝国主義や天皇の戦争責任を問うような曲を書いたり、そのような活動/言動を公におこなったら、どのようなリアクションがあると想定できるだろうか? もし現状が数年前と同じ状況であれば、パンク「シーン」の内部からも猛烈な嫌悪や反論が飛び出してきたのではないだろうか。
筆者のバンドとかれらが日本ツアーを行った際、オフの日のふとした切っ掛けで政治的な話になった。ツアーを純粋に楽しむ事もサポーティブな取り組みの一つという事で、特に機会がない限りそういった話題には触れなかったが、いい機会でもあると思ったので、欧州で主にネオリベ勢力が展開する「安楽死」推進の動きに関してつっこんだ質問をしてみた。彼らは口を揃えて「俺たちが背負った歴史を参照するまでもなく、殺人を制度化するなどありえない」と即答した。ドラムのHaukeにいたっては「なぜそんなわかりきった質問をするんだ?」と、戸惑いと若干の怒りさえ読み取れる表情をした。クソに決まっている、という事だ。
「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より