Namatay Sa Ingay/T.N.T. (Tago ng Tago) 【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

Namatay Sa Ingay/T.N.T. (Tago ng Tago)
(“Ang Talim ng Galit”, 自主, 2020年)
コウヘイ

 筆者がAJと出会ったのは2016年のニューヨーク・ブルックリン地区。当時はワシントンDC に住んでいて、親しい友人達がやっていたSem Hastroと言うハードコア・パンク・バンドがニューヨークへ遠征ライブに行った時に同行させてもらった時の事である。どういう経緯でAJと会話を始めたのかは覚えてないが、彼と連れのJoe Kidd(マレーシアから遊びに来ていたベテランパンク)はそのDIYスペースにいた数少ないアジア人だったために、その印象は強かった。そこでなんとなく情報を交換し、AJとの関係は始まった。
 彼がやっているNamatay Sa Ingayは、ニューヨークに住むフィリンピン系アメリカ人、フィリピン系移民が集まって結成した、タガログ語で歌うノイジー・ハードコア・パンク・バンドである。ニューヨークの中でもクイーンズ地区はフィリピン系移民がたくさん住んでおり、彼らのようなバンドが存在するのも不思議ではない。ただ、ジェントリフィケーションによって市外から引っ越してきた中・上流階級の白人で溢れかえっているニューヨークのパンクシーンはトレンドとファッションが中心となっており、移民の人々やマイノリティ、また労働階級出身の者は排他的に扱われる事が多い。シーンの中で力を持ち、ギグやツアーを牛耳る行為を“Gate Keeping”という。ハイプの強いバンドや演者だけがシーンの中で目立ち、有色人種は“Tokenism”(マイノリティであるという事を他人のステータスに利用される行為)にあい、リベラリズム特有の潜在的な白人至上主義がシーンに漂っているのだ。そのような現状に中指を立て、シーンの非政治的意識に物を申すかの如く、活動を続けているのがNamatay Sa Ingayである。
 AJはフィリピン・マニラの郊外に育ち、ギャング闘争や覚せい剤中毒に苦しめられた。十代の頃はパンクシーンへ入り浸り、彼曰くシャブ(日本同様、東南アジアの国々では覚せい剤の事をそう呼ぶ)はパンクシーンやギャングの間だけではなく、フィリピン社会全体に漂う問題であるという。現在のドゥテルテ大統領がその現状につけこんだからこそ、2016年の大統領選で勝利する事ができたのも事実だそうだ。アメリカ帝国主義による支配と日本軍の暴力的な統治を経験し、その後のマルコス政権の独裁政治とそれを支持したアメリカ政府による経済的支配は、現代フィリピン社会における貧困の起因となった。政治家は腐敗し続け、地方では未だに封建主義社会の名残も見られる。子供が生まれ、経済的に貧しい社会で家族を養う事は不可能だと感じた事を理由に、AJ は一人でアメリカへ渡る事を決断したそうだ。所謂出稼ぎである。
 Namatay Sa Ingay(ナマタイ・サ・インガイ)というバンド名は、主に80年代から90年代にかけてマニラで活動していたDead Endsというハードコア・パンクバンドの4thアルバム『Mamatay Sa Ingay』から取られている。 また音楽的には、Dead Endsのみならず、80年代フィリピンの伝説的パンクレーベルであったTwisted Red Crossがリリースしたコンピレーション、『Rescue Ladders & Human Barricade』に参加しているバンドはかなり影響が大きかったとAJは語っている。2020年5月にリリースされたNamatay Sa Ingayの最新EP、『Ang Talim ng Galit』(怒りの刃)は、怒り、悲しみ、そして希望に満ちたリリースである。特に4曲目の“T.N.T.”はAJが個人的に経験した事を歌っており、彼の人生経験がフィリピン社会を取り巻く状況を強く反映している事が伺える。T.N.T.とは、“Tago Ng Tago”というフレーズの略であり、直訳すると「隠れに隠れろ」という意味である。主にアメリカへ観光ビザを使って渡り、非合法的に移民として残る人々を指すスラングとして使われている言葉だ。アメリカの移民局から上手く隠れなければ強制送還される事から、このフレーズが70年代頃から使われるようになった。 アメリカだけではなく、日本におけるフィリピン人移民の間でも使われ、在日フィリピン人の強制送還も日常的に行われている。おおきなリスクを冒しながらも家族を支えるために海外へ渡るフィリピン人は世界中に存在するのだ。

飛行機が到着した
この未知の土地に
何も考えられない
胸の中の恐怖以外
これから何が起こる
愛する者達を残して
耐え続け、自らを犠牲にし
離れ離れになり
私たちは言われ続けた
外国へ飛ぶ事が唯一の希望だと
なぜ我々が犠牲になるのか
政府が犯した間違いのために
存在しない契機のために
人々の貧困のために
空腹からの脱出
自分達の所為だと言われる
隠れに隠れろ! 誇りに思っている
隠れに隠れろ! 他に方法はない
世界は知っている
家族のためだと
隠れに隠れろ! 誇りに思っている
隠れに隠れろ! 他に方法はない

 AJは現在もニューヨークに住んでおり、フィリピンに住む現地のパンクスと協力しながらAntipasistang Aktion( アンチファシスト・アクション)の活動を介してドゥテルテ政権と戦っている。ドゥテルテの指示によって行われている麻薬戦争と 超法規的殺人(法的なプロセスを通さず政府や警察がその場で人を処刑する事)は、現政権の超暴力的ファシズムを反映し、それに加えて新型コロナウイルスの流行を理由に実質的な戒厳令も出されている。警察や軍人のステータスを上げる事によって圧倒的なコントロールを実現しているのだ。また、最近ではAnti-Terror Bil(反テロリズム法)を通す事によって、政府が敵とみなした活動団体やジャーナリストをテロリスト認定し、政治的処刑を正当化している。アメリカ政府は軍事訓練や武器・兵器売買を通してドゥテルテ政権を実質的に支援しており、両政府へ圧力をかけるために国内外のフィリピン人達が声を上げているのだ。
 私たちはかつての日本軍によるフィリピンの方々へ対して残虐行為を忘れてはならない。そして、フィリピンにおける現状に目を背けず、積極的に声を上げる事が私たちにとって重要なのではないか?

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

目次に戻る