PMS 84/Brave New World
(“2016”, Nightmareman Records, 2016年)
黒杉研而
PMS 84は、「パンク・シティ」として日本のパンクスにも知られるオレゴン州ポートランドで2014年に結成さた。“Boot Punk”をやっていると本人らも言うように、UK 82や当時のOiのいいとこ取りのようなサウンドだ。Franky、Spetsnaz、Koward等、メンバーそれぞれが同時期から他のバンドも並行してやっていたが、ベースのAnyaは2004年にCut-ThroatやReligious War のメンバーがやっていたBlood Runs Redでも弾いていたようで、当時Discloseのサポートでアメリカツアーに参加したLiFE のAbe氏にも会っているらしい。現在Anyaはニューヨークに引っ越していて、Subversive RiteとVaxineの2バンドを現地のパンクスとやっている。
PMSとは、“Premenstrual Syndrome”の略であり、日本語訳すると「月経前症候群」である。この分かる人にはピンと来る言葉を冠するパンク的な言語感覚と、今日日珍しいAnyaのド派手な原色ルックやサウンドそのものに惹かれて当時色々ネットで情報を漁ったものだが、Maximum Rocknrollの“New Blood!”のコーナーで小さく紹介されていたのが中々異彩を放っていてよかった。「結成の理由」と設けられた欄に、他のバンドは細かくメンバーとの邂逅の経緯を載せたりしているのだが、PMS 84はただ“Society.”と一言書いただけだ。そして「歌詞はどんな事を歌ってる?」との設問には、「私たちはホモフォビア、レイシズム、セクシズム、ジェントリフィケーションと闘っている」とストレートに言い放つ。これが例えばクラストやアナーコ・パンクだったりすると、冗長に自分の主張を述べるのだろうし、それはそれで一向に構わない。一方で、こういったバンドの場合はそういった簡潔さや思い切った断定―つまりはいわゆる初期衝動に擬えられるような感覚―こそがハマったりするもので、メンバーもそういったパンクの美意識のようなものを大事にしている事を伺わせる。“Brave New World”(すばらしい新世界)は、まさに上述したジェントリフィケーションについて歌われた曲だ。
賃金は少しも上がらず家賃だけが高騰するが、誰も気にかけやしない
生まれた土地から追い出され、クソのヤッピーに売り払われるお前の家
すばらしい新世界がお前を排除する
追い払われたお前に何が出来る?
1人残されたが、行き場なんてどこにもない
こんなのが人生かって? 知らない方がいいよ!
クソの臭いがするジェントリフィケーション
ヒップスター地獄に四方を塞がれて、今お前はその臭いを嗅がされる
こうして階級の分断は生き長らえるんだ
ボーカルのJesseによれば、この曲はオルダス・ハクスリーの同名のディストピア小説からインスパイアされたものとの事。作中の、徹底的な階級/身分差別的思想に基づいて設計された社会と、特権階級の快適な生活の為にローカルのコミュニティが破壊されていく現在の私たちが直面する社会は同質である、という考えからこの曲を書くに至ったとの事だ。
ジェントリフィケーションとは簡単に言えば、元々低所得層の住居だった土地を再開発する事、またそれによって富裕層がそこに移住する事を指し、またそれによって引き起こされる様々な問題を含む。しばしばそれは家賃の高騰をもたらし、その結果元々そこに居た低所得の労働者は立ち退きを余儀なくされる。ここ日本でも、例えば東京では吉祥寺、高円寺、下北沢など、パンクが出入りする場所では常にこうした問題が起こってきた/いるし、直近で言えば渋谷宮下公園の成れの果てが顕著な例だ。どこか移住できればまだ良い方で、そうでなければ野宿にならざるを得なくなるし、あの公園に住んでいた野宿者たちも皆、追い出されてしまった。野宿でなくとも、それは金のないパンクスにとっても常につきまとう、無視出来るはずのない問題だ。政治/経済の別を問わず、多くの現象はそれを消極的に黙って支持する層がいる事によって成り立つ。つまりこの場合、富裕層が来たり開発が進む事を悪く思わないどころか歓迎する「ミドルクラス」的な人々もジェントリフィケーションに承認を与えているという事。セレブやヒップスターが来て街が華やかになるのをただヘラヘラ眺めてるとおまえもその内こうなるぞ、ほら言わんこっちゃないと吐き捨てるような歌詞は、階級意識みたいなものが根っこにあるからこそ書ける。それは最後に「階級の分断」で締めくくっている事にもよく現れている。という事で、これはシンプルにパンクロックとして素晴らしいと思ったのであった。
「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より