形容詞1ワードをバンド名にするシンプルさと懐の深さはかっこいいと勝手に思っている私は、Late 80’s UKスラッシュAtavisticがその点においてもわりと好きなのだが、最近イタリアFOADから出た編集盤2枚組LPは、危険な台所事情のためレコードを買うことをすっかり止めたつもりなので未だに手が出ずにいる。今や2LPで5000円超という価格はそこまで高くないのかもしれないが、急なインフレで感覚が麻痺しているだけかもしれない。レコード1枚1万円という日もそう遠くはないだろうが、賃金がほとんど上がっていない状況において、その頃も脱落せずにレコードを買い続けられる人はどれくらいいるのだろうか。ますます裕福なおじさんたちの道楽になっている。
さて、Record Boyの商品紹介にも書かれていたが、Atavisticの大きな謎は、まず第一に、ディストピアンのっぺらぼうとか木とかの、あのパッとしないアートワークだが、ノイジーで速い音に似合わず、アナーコ・パンク、Crassにかなり影響されていたみたいなので、Crass門下の数多のバンドのそれのように、“反文明的”な意図があるのだろう。そして合わせて謎なのが、唯一のアルバム“Vanishing Point”に入っているサックスなどの管楽器だ。なぜそこに入れるのか、ギターソロじゃだめなのか……という疑問は何度聴いても拭えない。完全にハズしてる、というわけでも別になく、好みの問題でもあろうが(大阪のNightmareのサックスが入った7インチはわりと好きだ)、何かキメを欠いてしまったような、腑抜けた雰囲気があのアルバムには存在する。
広く知られた話かもしれないが、このバンドのスタンスは極めて真面目だったようだ。イギリスのパンク、ハードコアのジン文化は、パンクの誕生と同じくして花開いたわけだが、80年代後半でも誰もがそうだったように、各メンバーはそれぞれ自分のジンもやっていたらしい(そのひとつは“Direct Action”という名前だったとどこかで見たが、中身は見たことがない)ので、もう言いたいことが山ほどあって、どれだけ紙を費やしても足りないくらいだったのだろう、“Equilibrium”7インチに、歌詞よりもはるかに多い文量のステートメントが掲載されている。字が小さく、印刷もペラペラのゼロックスで荒いのでとても読みにくい。
数年前にまとめて本として再発された80年代UKのジン“Raising Hell”の18号にAtavisticのインタビューが載っているが(ここでも言いたいことが多すぎたのか、「回答が長すぎたのでカットしてある」と断りが書かれている)、まわりからは真面目でユーモアのわからないバンド、だと言われているとか(それに反論しようとしていくつかジョークを披露しているが、正直面白いのかわからない)、平和主義、非暴力の姿勢を貫いているバンドとして見られていたらしい。レイプやライブ会場での女性への暴力についても意見を述べているが、セクシズムは社会のあらゆるところに根を張っており、シーンは概してマッチョで男性的であり、そういった男性たちが変わらない限りハードコア・パンク・シーンに女性が増えることはないと、真っ直ぐな批判をしている。これは今もあまり変わっていないかもしれない。
面白いのが、Atavisticのメンバーのひとりと一緒に別のジンを作っていた女性の回答も同インタビューに載っていて、その女性が「頭のいい女性はわざわざパンクシーンに自分の時間を費やす価値を見出していないから、女性が少ない」と喝破している。女性はいつも後ろへやられ、シーンに積極的に参加させてもらえない。この点も今も似たようなものか。このインタビューから35年以上経っているが。
ただそういった当時のインタビューを読んでも、音楽的なことは書かれておらず、特にこのバンドは最後にLPを出してからメンバーが引っ越して距離が物理的に遠くなって自然消滅したそうなので(その後ドラムは99年に交通事故で亡くなっている)、この唯一のアルバムに聞こえる謎の管楽器については引き続き謎のままだ。今回の音源集のブックレットにそのあたりのことが載っているのか知りたいところだが、やはり無理をしてでも買ったほうがいいのだろうか。誰か買った人がいたら教えてください。
(2024/2/13)