The Insane/El Salvador【ハードコア・パンクの歌詞を読む―Debacle Path 別冊1】

The Insane/El Salvador (“El Salvador” EP, No Future Records, 1983年)
黒杉研而


 Dischargeの弟分的バンド? として日本では紹介されていた気もするThe Insaneの、これまたNo Future発の大名盤にして名曲“El Salvador”は、1980年に起こったエルサルバドル内戦について歌われたものだ。ドラマーのDave Ellesmere―通称「バンビ」―は実際にDischargeでも叩いていた事は知られているが、Doctor and The CrippensやDisgust(UK)、Blitzkrieg、Flux of Pink Indians等多くのバンドでドラムを叩いた他、バンド畑を去った後はエレクトロニック・ミュージシャンとしても活動しているようで、英国パンクとレイブカルチャーの橋渡し的な人物として一部では語られたりもする。90年代半ばあたりから世界で同時多発的に隆盛し、ゼロ年代半ばには成熟を極めつつあった、いわゆるテックハウス寄りのトラックをリリースしていたりするのは、個人的には面白い。パンクスには商業主義的だと見做されがちなクラブ文化だが、少なくとも英国で80 年代後期に勃興しつつあったレイブカルチャーの流れに関して言えば、仕掛け人の一人として、先日亡くなったThrobbing Gristle、Psychic TV のGenesis P-Orridgeが挙げられる事からも伺えるように、それはカウンターカルチャーであったと言える。その系譜を辿っていけばPink Indiansのような「アナーコ・パンク」に行き着くのは比較的容易いのであろうし、文化を越境する緩やかな繋がりがあったのであろう。

奴らが仕掛けているこの「革命」は一体何だ?
独裁者がアメリカから提供された兵器で反逆を殺している
翌日には殺されてしまう丘の上の人々
動物は無残に虐殺され、家々も破壊される… 何故だ?
何故、エルサルバドルで革命なんだ?
エルサルバドルの血塗られた革命
CIAが暗躍している、エルサルバドルの人民革命
それはあらゆる抑圧を覆い隠す事にならないか?
4つか5つのゲリラが現地に向かうが、誰一人として生きて帰らない
空を巡回するヘリコプター
誰が死んだかさえ、どこも報道しやしない
エルサルバドルで! 南ベトナムで! そして恐らく次はキューバで、人々がレーガンの為に殺される
奴らは自分の所の武器を売って、自分の所の息子を送り込む
あらゆる内戦において、勝利した革命はない

 この曲で歌われている事のより深い理解に近づくには、エルサルバドル内戦だけでなく、少なくともその前段に当たる政治的動乱について知る必要がありそうだ。こういった内容を精細に記すと膨大な文字数になるので要点のみ説明するが、第二次世界大戦後のエルサルバドルでは、経済危機などを契機に、メレンデス一族などの豪族による独裁体制が始まり、その後複数の勢力によるクーデターが乱発し政権交代が続く。1979 年に「エルサルバドル革命政府フンタ」なる組織が独裁勢力から権力を奪取し、臨時政府を打ち立てるのだが、どうやらこの「革命政府」は僭称でしかなかったというのがこの曲で歌われている事の核心でもあるようだ。
 一方で、隣国ホンジュラスとの戦争により政治経済が更に悪化した1970年代初頭から、軍部や警察内部の極右的な勢力による白色テロが吹き荒れたが、この「Death Squad(死の部隊)」と呼ばれる白色テロ集団は中南米の各地に存在し、今もその猛威を振るっているようだ。そしてこの「死の部隊」に資金や兵器を提供したり、時に直接の軍事的訓練さえ行うのが「世界の警察」あるいは武器商人として悪名高いアメリカというわけだ。事実、アメリカは公式に革命政府フンタへの支持を表明していた。
 死の部隊と革命政府フンタは必ずしも同一の勢力とは限らないようで、フンタに反対していた極右勢力もいたらしい。そうした勢力とフンタ、またフンタに抗する形で1980年に組織された「ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)」という左派ゲリラ組織も交え、三つ巴とも言える内戦に発展、長い年月をかけて政府とFMLNは形式的な和解を実現するが、その過程で多くの民衆が巻き添えになったというのが、やや簡潔ではあるがエルサルバドル内戦の概観だ。
 こうした、単純に左派勢力への支持を表明するのみでは済まされなさそうな、複雑な様相を呈する内戦というものが中南米各地に存在する。日本ではそこそこ著名なゲバラやカストロに対する評価も現地では一様ではないが、泥沼化する血みどろの内戦を煽っているのがアメリカである、というのは多くの反戦/非戦論者に概ね共通した理解だ。そしてそれは明白なエビデンスに基づいている。それらを踏まえると、この曲でThe Insaneのメンバーが批判している対象というのは、本来的な「革命」とは程遠い、操作されたもの/扇動されたものとしての「革命」と、その「革命」を世界に輸出する覇権国家アメリカと解釈して間違いないだろう。
 名ばかりの「共産主義」を掲げ、台湾や香港、チベット等の少数民族や民主化を求める人々を徹底的に弾圧する中国共産党と、どんな手段を講じてでも中国と戦争をする口実をでっち上げたいようにも見えるドナルド・トランプのアメリカ、そして外交問題や「安全保障」そして経済面でも両者と切っても切れない関係にある日本、そして朝鮮半島。次の「内戦」がアジアで引き起こされても、もはや全く不思議ではないといえる情勢になったのではないだろうか。そうした情勢の変化を的確に捉えて、迅速にそれに対する自らの立場や意思を、パンクという形で表現したThe Insaneがカッコいいのは、伊達に音や出で立ちだけではなかったという事を知る。それだけでも大きな意義がある。

「ハードコア・パンクの歌詞を読む ―Debacle Path 別冊1」より

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