EL ZINE vol.42(2020年4月)に掲載してもらったイスラエルのハードコア・パンク・バンド、Jaradaのインタビューの転載です(写真はここには載せていません)。
昨今ますます混迷を深める世界情勢の中において、長年に渡って存在してきたパレスチナ問題はしばしば忘れ去られる。しかしイスラエル政府はその強硬政策を強め、昨年にはイスラエルのパレスチナ自治区への入植政策をアメリカ政府が「違法ではない」とするなど、同盟国のさらなる後ろ盾も強まり、この不均衡な問題については、イスラエルの一方的な強硬策を相変わらず国際社会が黙認している状態が続いている。今回は現行のイスラエルのハードコア・パンクバンド、JaradaのメンバーであるItaiに、そんなイスラエルという国家で生活するとはどういうことなのかを中心に、「イスラエル人」の持つパレスチナに対する感情のことや、盛り上がりを見せる現在のイスラエルのパンクシーンなどについて聞いた。イスラエル政府の蛮行やそれを追認するイスラエルの人たちを指すのに、主語として「私たち」(we)を使うなど、あくまで自分自身の問題として捉えている真摯な回答がとても印象的だ。
鈴木智士(Gray Window Press)
――Jaradaはいつ結成されましたか? イスラエルには徴兵制がありますが、もう徴兵には行きましたか? それとも拒否しましたか?
Itai Jaradaは2年くらい前に、それまで色々なバンドで活動してきた昔からの友人4人で結成しました。他のバンドで一緒に活動した仲間もいますよ。自分たちの生活に直接影響してくる問題や、このニセモノを“普通”として装っている社会で生きることの難しさ、過酷な資本主義制度からのプレッシャーなど、私たちが抱える“不安”の原因となるものすべてについて、ヘブライ語で歌うハードコア・バンドをそろそろやらないとなと思って。この“不安”は、私たちの誰もが生活のどこかで何らかのかたちで経験してきたものです。バンド名の“Jarada”とはヘブライ語で“不安”という意味なんです。
イスラエルでは、徴兵を拒否することはできません。拒否しようものなら、軍事刑務所に入れられて合法的に弾圧されるのが常です。ただ現実として、徴兵を“回避”することは可能です。メンバーの3人はそれをやりました。ただ私は兵役に就き、デスクワークをやりました。そのシステムの中で何か変化を起こそうとしている人たちの力になればと思ったんです。ただ今思い返すと、家族やまわりの環境のこともあって、徴兵拒否するのが怖かったと言えます。
軍隊のようなひどいシステムに入って、たくさんのことを学びました。普通の人が経験しないようなこともありましたし、軍隊での経験は、この“不安”というコンセプトには役立ちました。もちろん軍隊にいたのは最悪で、私の時間と税金を無駄にしただけだったと思いますが。
Jaradaのメンバーは、Itai, David, Ben, Deanの4人です。私たちがこれまでやってきたバンドは、The Orions, Kuskus, Uzbeks, Sweatshop Boys, Ghost Spell, Princip, Friday Night Sissy Fight, Delfin, Secret Service, Zaga Zaga, Firetruck Rally, Pink Eye Revival, Almonim Metimなどですね。忘れてるのもあるかもしれないけど。
――具体的に、現在の生活において、最も大きな“不安”は何ですか?
Itai 私個人としては、今は精神的に安定した状態にまで来たと思います。人間関係をなんとかしたり、傷ついたり、そこから立ち直ったり、ということを、何年もの間繰り返してきました。メンバーの4人とも、似たような道を歩んできたと思っています。なので自分たちの考えをまとめて、そういった感情を曲や歌詞で表現できるんだと思います。
目下不安の種となっているのは、30歳を越えた人の誰もが抱えるような、人生でまだできていないこととか、未来に対する恐怖ですね。そういった点について、バンドの曲で歌っています。年を取ると、いい生活が送れないのではと心配になりますよね。あとはこの国を牛耳っている連中が取る行動も、不安とは大いに関係しています。そういった連中は、私たちの世代を本当に破滅へと導くのではないかと思います。経済的にも、一般的にもという意味においてです。
――バンドをそんなにたくさんやる理由は? バンドは何かとお金がかかりますよね。日本だと家の地下なんかにリハーサルする場所はないので、都度スタジオを借りないといけないのですが、イスラエルではどういった環境で練習していますか?
Itai 先ほど挙げたバンドはもう活動していないバンドが多いですが、それらのバンドはどれも全然違う音楽のスタイルなんですよ。私たちはいつも貪欲に音楽の幅を広げて、クリエイティブで生産的になろうとしてきました。私自身は、去年は4つのバンドで4つのリリースがあったんですが、そのすべてが音楽的にはまったく違うものですね。
お金はかかりますが、日中は普通の仕事で時間を潰され、そこで得たお金で自分たちのパッションを維持する、という感じですね。
練習場所については、共同で練習スペースをレンタルして、そこに自分たちの機材を持ち込んで、自分たちやイスラエルのパンクシーンの他の友人たちとシェアして使用しています。なのでそんなに経済的な負担になるわけではないですよ。
自分たちの空いた時間は音楽に注ぎ込んでいますが、個人的にはこれ以外の生活は考えられないですね。
――イスラエルでの生活はどうですか? 仕事は何をしていますか? 私は2012年にイスラエルに行きましたが、西欧などと比べても物価が高いなと感じました。
Itai イスラエルでの生活は、私たちのような、人種や宗教的に“社会に認められた”人たちであれば、生活しやすいです。私たちはイスラエルで最も現代的な都市のテルアビブに住んでいますが、少なくともテルアビブは、イスラエルでは最もリベラルで、居心地がよくて、多様性があり、活発な都市だと言えます。
「私たちのような」という表現を使ったのは、イスラエルにはたくさんの民族がいて、中には私たちと同じような扱いを受けられない人たちもいるからです。差別されたり、迫害されたりしている民族もいますし、また、 “私たち”が彼らの人間性を奪い、彼らを単に無視することができるように、壁やフェンスの向こう側に押しやられている人たちもいます。
テルアビブには様々なタイプのナイトライフというものもありますが、とてもブルジョア的ですね。物価は高いですし、最低限のちゃんとした生活を維持するためには、フルタイムで長時間働かないといけません。デスクワークのような仕事が多いですけどね。エンジニアとかではないですが、ハイテク企業に勤めているメンバーもいます
長時間労働は確実にストレスの原因になるけど、こういった“生活の難しさ”について歌うバンドであれば、それは良いことなのかもしれませんね。長くてつまらない仕事を終えて、リハーサル部屋にやってきて、フラストレーションを爆発させる!
――テルアビブにはたくさんのバウハウス・スタイルの建物があって、歴史的・宗教的な街であるエルサレムとは全然違う街だなと感じました。エルサレムでライブをやることはありますか?
Itai エルサレムには様々な文化があり、オルタナティブな文化もあるし、すばらしい街であることは間違いありません。すぐれたアート・スクールがあり、一流の大学もエルサレムにあります。
エルサレムには何百、何千もの若者がいて、彼らはこういったオルタナティブな文化の潜在的な参加者でもあります。ただどうやら私たちのやっているようなバンド音楽には興味がないようで、特にパンクやハードコアは言うまでもないですね。代わりにクラブ遊びやエレクトロニック・ミュージックが流行っているようです。気候が良くないからか(エルサレムはめちゃくちゃ寒いんです)、家でじっとしているのかもしれませんね。
エルサレムでライブをやっても、若者はほとんど来ません。過去数年に別のバンドで何度かエルサレムでライブをやりましたが、動員がよかったことは一度もないです。Jaradaとしてはまだエルサレムに行ったことはないですね。ライブをする場所や理由も今のところ見つからずで。
個人的には、エルサレムに行くと、「お前なんかにまったく興味ないよ」と言われている感じを受けます。
――Jaradaはイスラエルのバンドなのでこれは質問しないといけないと思い、聞きますが、イスラエル政府やそれを支える他の同盟国が、イスラエル国家ができた1948年からパレスチナに対して行っていることについてはどう考えていますか?
Itai その前に、他のイスラエルのバンドにインタビューしたことがあるのですか?
――イスラエルのDIYパンクバンドにインタビューする機会はほとんどないので、この質問をする、という意味です。
Itai そうですか。私たちはイスラエル政府がパレスチナの領土やパレスチナの人々に対して行っている行動に対して、強く反対しています。
ただそうは言っても、パレスチナの指導部もひどいものです。もちろんそれがこの状況におけるイスラエルの責任を減免する理由にはなりませんが。この問題の悲しい点は、どうすればこれを解決できるか、という糸口すら見えないことです。領土問題や、誰が正しいのか、ということすら超えてしまっているのです。ユダヤ教というのは、救世主思想に主導されたナショナリズムであり、終わることはありません。そして悲しいことに、今や世界中が右傾化しています。私たちが生きている間に、また災禍がやってくることを危惧しています。
――では基本的には、“Free Palestine”(パレスチナに自由を)というスローガンを実現するために、人々ができることは何もない、ということでしょうか? 確かに私も、具体的に何ができるのかと問われれば、明確なアイデアは思い浮かびませんが。
Itai “Free Palestine”はもちろん正当な抗議の形でありメッセージですが、ただそれ以上の何かであるとは思えません。ここで起きているのは、軍事産業も関与する実際の戦争です。それは自発的に止まることはないでしょう。
イスラエル政府を正しい方向へ押さえつけることができる、より大きな存在がなければ、それは終わりません(和平に最も近づいたのは、90年代のラビン首相の時代です)。盲目的で狂信的な信仰が、強烈な資本主義の方法と容易に結合しているのです。危険な状態です。
――以前イスラエル人の友人で、パレスチナ支援の活動をしていた友人がいたのですが、最初に会ったときはパレスチナ解放の運動がどのように行われているかを仔細に教えてくれた、とても活発な人だったんですが、10年近く経って再会したときには、そういった活動を一切辞めて、ユダヤ教徒になっていました。その際彼にパレスチナ問題について今はどう思うかを聞いたところ、「市民レベルで解決できる問題ではないことに気がついた」と、運動を辞めた理由を語っていました。アクティビズムからのある種のバーンアウトで、逆に宗教的になってしまったのかなと。
パレスチナ問題に対するこういった視点は、イスラエルのユダヤ人の間では一般的なものでしょうか? 2003年のドキュメンタリーで、『ルート181』というパレスチナの領土分割を扱った素晴らしい映画があるのですが、その中に出てくるユダヤ人も同じことを言っていました。
Itai そういった活動家の人たちはこれまで私もたくさん見てきました。彼らの方針はラディカリズムです。ピュアな“理由なき反抗”的メンタリティや、いかなる状況であれ、過激に真正面から向かっていくという運動のパターンですね。私はこういった人たちを信用しません。スクワット(占拠した空き家)に住み、バンドで反政府や反警察、抑圧や宗教に対して批判する歌を歌ってきたパンクスについては、これまでいくらでも例があります。彼らのほとんどはニヒリスティックな生活を送り、どこかのタイミングでその生活を180度変えて宗教的になり、保守的な生活を始めるのです。まあ人それぞれですが、私は興味がないです。彼らは舌の根の乾かぬうちにまた別のことを言いますから。
イスラエル人の多くはパレスチナ人が置かれた現実を理解していません。彼らはガザ地区からイスラエルに向けてハマスが発射したロケット弾に対して怒り、そういった脅威による恐怖の状況下で生きなければならないイスラエルの子供たちのために、偽善の涙を流します。その一方で、“反対側”で殺される子供たちや破滅させられた家族、破壊された建物やインフラについては、完全に無視するわけですから。
平均的なイスラエル人の考える解決策は、「パレスチナ人を駆逐しろ!」でしょう。我々イスラエル人は実際にパレスチナへの空爆を支持し、世界最大の“監獄”の中で、石器時代のような状況を生きている何百万という人々を皆殺しにしているわけです。しかもそれを、パレスチナの人々にとってのまとも生活のための真面目で責任ある行動――和解のようなもの――よりも、“よりよい解決策”だと思っているのです。
これは70数年前にホロコーストを経験した人たちに由来するものでもあります。その心は皮肉というものを理解しません。この動きは、何十年にも渡るイスラエル政府の右派的な政策が、より強力な政治的影響力を得ようと人々に「憎しみ」を植え付けてきた結果であることを十分に理解する必要があります。
「分離壁」を建ててイスラエル人の目にパレスチナ人が入らないようにし、そうやって視界からパレスチナ人を取り除いたら、自分の子供たちにはフェンスの向こうの邪悪な人々やテロリストの話をして聞かせるのです。その人たちも同じ人間であり、家族を持ち、夢を見て、ただ幸せに平和に暮らしたいだけ、ということはまったく理解しようともせずに。
イスラエル政府は一つの“共同の敵”を作り出し、人々にそれを憎ませるというファシストの方法論を遂行してきました。それと同時に、この国の人々の幸福の欠如についても無視してきました。イスラエルの人々はクソみたいな状況を生き、クソみたいな仕事をして金もなく、掃き溜めの中で生きていますが、アラブ人をぶっ殺せる限り、そんなことは気にもしないのです。それがイスラエル社会の一片です。
――ご存知かもしれませんが、イスラエル政府の政策に反対を示す国際的な行動で、「BDS運動」(Boycott, Divestment, Sanctions)というものがあります〔詳細はhttps://bdsjapan.wordpress.com/を参照〕。最近だと、日本のバンド・Borisがテルアビブで2019年12月にライブを行いましたが、Borisに対してそのライブのキャンセルを呼びかける請願が行われました。イスラエルの「印象作り」に音楽が利用されているわけです。名の知れたバンドやグループがイスラエルでライブを行う際にはその都度請願があるようですが、少なくない数のアーティストはその運動に賛同してキャンセルする中で、ボン・ジョヴィやマドンナはライブを行った、という記事も見ました。このBDS運動についてはどう思いますか?
Itai 文化的隔離は必要不可欠だと思います。イスラエル社会というのは、「我々は正しく、それ以外の世界すべては、私たちの終わりを待ち望んでいる反ユダヤの略奪者たちだ」と思っている社会です。BDSについては、マドンナと、インディーのパンクバンド――ここにやってきて、意見や考えを一緒にシェアし、政府やこの現実を憎む人たち――を混同してはいけませんね。少し前に、イタリアのSHARPのOiバンドのLos Fastidiosがテルアビブにやってきてライブを行いましたが、そのときもソーシャルネットワーク上では様々な文句が言われました。もちろん彼らにとっては、ここにやってきてアンチファの仲間たちと団結する目的だったわけです。素晴らしいことだと思いますよ。たかだか200人のパンクスが集まって、アンチファの曲を歌うことに、金稼ぎも何もないですからね。
一方でマドンナやボン・ジョヴィというのは、商業的なセレブで、金儲けを企むプロデューサーたちによって連れてこられるわけです。そこにはメッセージなどありません。そういったアーティストは、イスラエルに来ることで得られる利益を自分たちで算段するわけです。ただ、もしそういった世界的に有名なアーティストたちがイスラエル政府の行動に反対することで団結するなら、文化的隔離はますます強まり、イスラエル市民はさらに疑問を投げかけるでしょう。終わりは見えませんね。
――2018年にリリースされたJaradaのLPを先日買いました(それで興味を持ってこのインタビューの依頼をしたのですが)が、歌詞はすべてヘブライ語で、何が書かれているのかわかりませんでした。歌詞について少し説明してもらえますか?
Itai LPの歌詞の英訳はbandcampで読めます。最近新しいレコードが出たのですが、そこには英訳の歌詞も載せました。
最初のアルバムでは、先ほど話したような“不安”の元になるような事柄について歌っています。社会での不平等、社会不安、政治的な問題、人々の生活を助けるのではなく破壊する官僚組織、イスラエル政府の描く道すじに沿った生活への恐怖などです。
――最後に、現在のイスラエルのパンク、ハードコアのシーンについて教えて下さい。活発に活動しているバンドはいますか? 国内ではどういった場所でライブをやっているのでしょうか?
イスラエルのパンクシーンについて、得られる情報はあまりなく、90年代後半から2000年代前半まで活動していたDir Yassinというバンドはよく知られていましたが、それ以降はあまり何も聞いたことがなくて。テルアビブは、パンクよりもテクノやダンス・ミュージックが盛んだというイメージはありますが。
Itai 現在のイスラエルにはたくさんのパンク、ハードコアのバンドがいます。たくさんのバンドが政治やデモにも関わっていて、長年のあまりポリティカルではなく、英語で歌っていたバンドが多かった時代が終わって、ある意味ではパンクシーンのルネサンスの時代だとも言えます。ショウのほとんどはテルアビブかハイファで行われます。Jaradaはあまりライブをやりませんが、特にテルアビブでは多くのパンクのショウが行われていますよ。私たちには独自の秘密の小さなハコがあるのですが、それについては話せません。
――対警察、対権力のために秘密にするということですか?
Itai それについては否定も肯定もしません
もしイスラエルのパンクシーンについて知りたければ、パンクスに直接聞くのが一番ですね。今や全世界はワンクリックの距離です。他の国のシーンや文化について知りたければ、それを知るプラットフォームもあるわけですしね。
今のイスラエルのバンドを少し紹介すると、Moom, Turbo Torpedo, Shesh Shesh Shesh, Akrabut, Hayehudonim (Los Kikes) , Kids Insane, Lodea といったバンドがいます。あとは先ほど言った私たちが関わっているバンドですね。
テクノ・ミュージックについては、世界的な現象で、世界中どこでもパンクやハードコアよりはテクノの方に惹かれる若者が今は多いんじゃないでしょうか。テルアビブも例外ではありません。
インタビューありがとう!