2021年、よかった音源

2021年もお世話になりました。
今年は『スピットボーイのルール』は出せましたが、Debacle Pathは別冊も含めて結局何も出せずでした。
Gray Window Pressは「続けること」が目的ではないのでそのうち消滅するけれど、来年は何か出す予定で色々動いてはいるので、期待せずお待ちください。

今年の「よかった音源」を、こちらに掲載しておきます。
私はろくに音楽を聴かなかった年だったので(しいて挙げれば、年末に買ったReveal!の4枚目のLPがベスト)、今回はDebacle Pathにレビューや寄稿で協力してもらってる黒杉氏、Terroreye氏、久保氏の三人に書いてもらいました。以下リリースされた年は無関係で、それぞれ順不同。(鈴木)


黒杉研而(ATF, Deformed Existence他)

・Altone/Forest Land (Greyscale)
 日本発、そして日本初Dub Technoレーベル“Zero Signal Records”のオーナーでもあるAltoneことYuki Takasakiの最新フルレングスが、同ジャンル名門Greyscaleよりリリース。EPでは作品毎に作風もかなり変わり、中にはアッパーでクラブでの使用に向いてそうなトラックもあるAltoneだが、Greyscaleからリリースするモノに関してはかなり方向性を制限しているというか、それこそ“Greyscale”という、Dub TechnoのTypicalな音像から想起されるイメージにフォーカスを絞っているであろう節も窺える。多くの「フロアユース」を意識して制作されたものと本作品もといAltoneの提示するそれが違うのは、その圧倒的な音像の緻密さにあると言える。
 90年代以来の伝統的ミニマル・ダブや、ハコ使用を意識した大半のDub Technoのトラックは、ミックス以前のトラッキング段階に関して言えば、リスナーの想像に反して意外にラフに作られていたりもするが、氏のトラックに至ってはStab(ロックの“リフ”やリズムギターに相当する、テクノのバッキングを構成する音色)一つとっても、オートメーションやDelayのルーティングを相当細かくプログラミングしたような痕跡が見られる。
 淡いホワイトノイズや、散発的で有機的な諸々のテクスチャーで彩られた音場全体の各構成要素と合わせて考えてみても、これは「ビートの強いAmbient」とでも言うべき、デトロイトへの憧憬を捨てきれないベルリン系譜的Dub Technoが元来有していた性質を一層ブラッシュアップさせたという意味で、往年のEcho space / CV313、Rhythm & Sound等の名盤群に匹敵するのではないかと個人的には思っているのだが、ノイジャンやエクスペリメンタル界隈も巻き込み複雑に交錯する海外での評価に比して、本邦ではそういった踏み込んだレビューを目にする事は未だ無い事に、若干の戸惑いを覚える。

・Hakuchi/The Best Works 1991-1994 (Black Water)
 以前ほど再発モノに手は伸びなくなったが、アナログで再発との事なのでこれはと思い購入。大名盤“Gods Disturb”の3曲から始まり、MCRのコンピ収録の“Individual God”に雪崩れ込む流れは最高にカッコいい。“World In A Mess”デモの3曲等も、リマスタリングが施されているとはいえ、当時のパンクのデモにしては異様に完成度が高い。Antisect, Axegrinder, Hellbastard等に影響されたメタリックなCrust、それも日本型の其れといえる「クラスト」の雛形的サウンドの主要なエッセンスが90年代初頭の新潟で既に提示されていた事に、改めて感嘆を禁じ得ない。今聴くとモロにフロリダ・デスっぽいなこれ、なんて曲も混じってたりするのだけど、やはり当時からそうしてメタルとパンクを同時に摂取してた人々が、結果としてクラスト的なフォルムを形成していったのだろうかとか、何かと楽しい妄想に耽らせてくれる一枚でもある。そういう意味では、現行のエクストリーム・ミュージック経由でクラストに興味が向いた人などにもオススメ。

・Kim Jung Mi/NOW (Yejeon Media)
 大韓ロックモノを近年数多く再発しているYJ mediaのアナログ盤最新カタログが、「韓国ロックの父」とされるシン・ジュンヒョン(申重鉉:신중현)が特に力を入れてプロデュースしたとされるキム・ヂョンミ(金廷美:김정미)の歴史的大名盤であり、朴正煕軍政期は発禁処分とされていたこの“NOW”だが、フィジカルは6300円(!!)と極めて高い為、安定のサブスク視聴。
 ソロギター風味のAcidフォークで幕を開けるが、初っ端からストリングス・セクションを導入する力の入れようだ。2曲目からはこれぞ実に王道!と言うべきサイケ全開で、Iron Butterflyや彼女が好きだったらしいJefferson Airplaneなどを彷彿させるが、どちらかといえばハードに歌い上げる曲も多い両者とは対照に、力強さを備えながらも終始伸びやかに、時にしっとりと歌い上げるチョンミの歌唱は、多くのファンも評するように戦後の歌謡曲/日本のGSにも通ずるものがあり、ある種牧歌的ですらある。だがそれ故に非常に聴きやすく、ハマるモノとなっている。ヴィンテージ・ドラムのふくよかな中低域の鳴りもよく収録されているので、現代のポピュラーミュージックに最適化された耳でもそこまで抵抗なく入れるだろうし、申重鉉プロデュースの当時の他のアーティストと並行して聴くと、一層その魅力が感じられるのではないだろうか。

・Claire Rousay/A Softer Focus (American Dreams)
 元々は即興的ドラム奏者として、またその自身の録音されたドラムプレイをシーケンス上で再構成して楽曲を作る実験的アーティストとしてのキャリアを持つ彼女が、これまで以上にエレクトロニックミュージックの手法を大きく取り入れ出した近年の作品群に次いでリリースした2021年大傑作、という触れ込みに惹かれて購入。確かに、ドラムの音は些かもなく、打楽器やパーカッションといえる要素もない。タイプライターの音やドアの開閉音という、Ambientではもはや定番とも言える具体音が散りばめられてはいるが、それはGlitchyなリズムの構成要素としてではなく、どちらかと言えばASMR的なそれだろう。
 屋内外の日常的風景を主題としたようなフィールドレコーディング素材に、柔らかいシンセPadのドローンや暖かみのあるピアノ、ベルやゴング的な倍音豊富な金物、背景で仄かに唸るサブベースが徐々にレイヤーされていくかと思えば、いつの間にか静かなオルガン調の新たな持続音にフェードしていく。一聴して耳障りのいいサンプルばかりでなく、それこそASMR的な突き刺さるような音、破裂音等もふんだんに用いられているのだが、天井に張り付きがちな高音圧感といった印象や、「やりすぎ感」「奇を衒う感」などは感じさせず、総体としてタイトル通りとてもソフトで心地よく、入眠用に聴いたわけではないがいつの間に寝入ってしまったというケースも屡々あった。「少なくとも地下音楽シーンでは使ったらダサい」プラグインの代名詞のようにもなってしまっているAuto-tuneをとても革新的に使っているのにも、ハッとさせられた。

・Stig .C.Miller/Bandcamp (self-released)
 Amebix/Zygoteでギターを務め、バロンの兄としてもお馴染みStigの、リリースというよりはBandcampに彼が個人的に溜め込んでいるアーカイブをお布施も兼ねて数曲購入して聴いていた。インスタの投稿を見る限りでは、彼がDTMなり宅録で制作した曲がほとんどで、ドラムもいかにも打ち込み感丸出しで決して総体としてクオリティが高いとは言えないが、彼のギターが好きで堪らないという、果たして自分やLiFEアベ氏以外に居るかわからないStigファンの方であれば、きっと胸に響くものがある…はず。
 オリジナルラインナップの頃のAmebix的要素はゼロに等しいが、“Sonic Mass”等で聴かせたダーク且つフォーキーなアルペジオや、Zygoteの頃から多用している、冷たいが、しかし有機的な響きを持つオクターブ奏法なども相まって、例えばAgallochの3, 4枚目のような、ヨーロッパのPagan Black勢に近い退廃的な空気を纏っているとも言える。これはメンバーを揃えてドラムも生でしっかり録音すればそれなりにカッコいいものになるのではとも思うので、今後の動きに淡い期待。やや贔屓目に言えば、Amebix時代から一貫して関連バンドのサウンドメイクを担っていたのはやはりStigがメインで、Tau Crossのギタースタイルも実はバロン a.k.a Robが「もっとお兄ちゃんに似せてよ!」って感じでメンバーにやらせてたんではないかと底意地の悪い妄想をしてしまうぐらい、Tau Cross前夜あるいは実はTau Crossの元ネタかと思わせる雰囲気は正直ある(笑)。

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Terroreye(Kaltbruching Acideath)

・セーラーかんな子/Kanna-chan/Hachi-chan (手綱会 TAZUNA-KAI)
先日のKLONNS/鏡のベースとのユニットXIANの初ライブも素晴らしかった、セーラーかんな子の7インチ。リリースは東京都稲城市のインダストリアルデュオ、SUBURBAN MUSÏK主宰のレーベルより。思春期の頃好きだった90年代サブカルに改めて向き合わざるを得なかった今年の暮れにこれが出たことは、個人的にものすごく感慨深い。

・VA/Tropicalia ou Panis et Circenses (Universal Music Group)
カエターノ・ベローソのソロ作は昔から愛聴していたものの、このコンピをちゃんと聞いたのは恥ずかしながら今年に入ってからだったのでこのリストに。当時の欧米のサイケデリックロックとブラジル音楽が絶妙に混じりあうサウンドもさることながら、スペイン語とポルトガル語のコロンブスの歌をあえてブラジル人が軍事政権下で歌うといったラディカルなひねくれぶりも改めて鑑みてもいのでは。

・Keith Rowe/Absence (Erstwhile)
イギリスの即興演奏グループAMMの創立メンバーにしてプリペアドギターの始祖的な氏(御年81歳)による、五年前に行われたラストソロライブの録音。氏のキャリアの中で一番の名演と誰もが認めざるを得ない内容だと思うが、パーキンソン病の震えからくるミスタッチに納得いかず、これ以降はソロでの演奏を辞めたというのがある意味氏のストイックさを物語っている。

・UG NOODLE/ポリュフェモス (RC SLUM)
EX-CやShe Luv Itでギターを弾いていて現在は神戸の塩屋でsumahama?のメンバーとしても活動しているSSWの去年出たアルバム。POPで聞きやすい内容ながら、歌詞の通底に流れるピカレスクロマンな世界観にゾクゾクする。名古屋のヒップホップレーベルのRC SLUMからリリースされたのも納得。

・Information Overload Unit/S/T (Hardcore Survives)
大阪のSTETUSZEROと東京のStagnationのメンバーによるユニット作。なんというか87? 88?年あたりの日本のハーシュノイズ全盛期前夜の辺りの頃を彷彿とさせるというか、実は最近こういう音やってる人あんまいないのでは!?という気持ちになる盤。

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久保景(Deformed Existence)

・Disaster/War Cry
今年、最も頻繁に聴いていた盤と言ったら間違い無くこれになる。歴史的な観点から見た場合、所謂DiscoreやD-beat Raw Punkの始祖の1つとして捉えられる事の多いバンドだが、注意深く聴いていくと、その音からは同じく初期のDischargeと80年代スウェーデンのハードコア・パンクから多大な影響を受けたDoomとの類似性を感じ取る事が出来る。事実、この盤はDoomのギタリストであるBriがプロデュースを担当しており、2本のギターの音作りや重ね方、淡々としたアルバム構成はUKクラストコアの血が為せる技だろう。ちなみに余談だが、スネアドラムの鳴りを殺す為に、上にタオルを敷いて録音したらしく、いつか試してみたい……。

・Doom/War Crimes – Inhuman Beings
今年に限らず何時も聴いているが、このLPでは弦楽器のチューニングが半音下げになっているという事に気付いたのは、恥ずかしながら今年に入ってからだ。初期Doomは“The Greatest Invention” (1993)のチューニングが1音下げという事は把握していたが、まさか1988年の時点で半音下げていたとは…。あのどんよりと沈み込む、独特な音の質感が生まれたのは、それも大きな要因としてあるのだろう。Demoや“Police Bastard” EP、No SecurityとのSplit LPではレギュラー・チューニングとなっているので、その点を意識しながら聴き比べてみるのも一興だ。

・Realm Of Terror/Accelerated Extinction Demo
詳細は不明だが、おそらくワンマン・プロジェクトと思われるUS産の現行バンド。胃にもたれるモダンなスローパートが個人的には余計だが、走る曲のリフやヴォーカルは明らかにDoomを参照したものである。何だかんだで結構良く聴いていたので、現行バンド枠として此処に載せたいと思う。このDemo以外はまだリリースの無いバンドなので、今後の活動に期待。