【Debacle Path vol.2】小特集「ハードコア・パンクと学術」について

Debacle Path vol.2の発売日、4月23日も近づいてきたので、少し中身の宣伝というか、今号の小特集の制作意図、というと大げさか、補足説明を書きました。以下参考にしていただければ嬉しいです。

取扱店(随時更新)
(前にもツイッターに書きましたが、レコード屋・小売書店等も目下のコロナ禍で営業自粛したりと大変な状況なので、どうぞこういったお店で買っていただければ)


今回の小特集「ハードコア・パンクと学術」は、パンクスがパンク文化を通して「学んだ」先には何があるかを考えるために、その一例として、アカデミア(大学などでの学術研究)に進んだアメリカの3人のパンクスにインタビューをしたものだ。中身は本号を読んでもらうとして、なぜこの3人にインタビューしたのかは特に誌面にも書いていないので、ここで説明しておこうと思う。

世界中どこにでも簡単につながる「小さな」DIYパンクシーンなので当然と言えば当然だが、今回インタビューした3人と私はもちろん、3人の中でもつながりがあり、Asunder(2006年のCorruptedとの日本ツアーでライブを見た人はラッキーでした。あんなにすべてがかっこいいバンドはそうそういない)のジェフ・エヴァンスと625マックス・ウォードは、90年代後半にオークランドのコミュニティ・カレッジで一緒に日本語を勉強していたり、スチュアート・シュレイダーと当レーベルの共同運営者・AKアコスタは、ニューヨーク大学大学院時代の知り合いで(AKはマックスとも同大学院時代からの友人で、日本では早稲田の某ゼミで一緒だった)、といった感じで、アカデミアで知り合って、「ああ、あなたもパンクだったんだ」とそこで判明する、というような出会いをしている。私自身はジェフとはそのCorruptedの日本ツアーのときに仲良くなり(今はなき岐阜51でのライブの打ち上げで、小津安二郎の話をずっとしていた覚えがある)、以降連絡を取り続け、私がアメリカに行くときはオークランドなどで会って、一度は古本屋巡りに連れていってもらったこともあった。
625マックスはもう説明不要でしょう。私が20歳の頃にやっていたバンドの7インチも出してくれたように、625 Thrashcoreは世界中のファストコア、スラッシュコア、グラインドなど、とにかく「速い」バンドの登竜門のようなレーベルだった。パンクと学術生活をなるべく分けているマックスなので、今回のインタビューでは話がいろいろな方向に飛び、マックスのパンク的生い立ちから、パワーバイオレンスとは何だったのかという回顧、学術生活への道から現代アメリカ、日本をどう見ているかまで、トータル24,000字超えとかなりのボリュームになったが、彼の回答はどれも冷静で、あくまで「パンクスとしてその時々の状況で何ができるのか」が最優先されている。また日本の戦前の「思想警察」についての彼の初の著書についても語ってもらった。
スチュアート・シュレイダーは彼のレーベル、Game of the ArseholesがDiscloseやContrast Attitudeを出していたりと、2000年代前半にその名を聞いた人も多いはずだ。まったく追いきれてないが、過去にAnti-Cimexについて物凄く細かい分析をしていたこともあったと記憶している。彼がこれまでに書いたテキストは膨大な量で、それだけで本を数冊出せるような「パンク学者」だ。今回はインターネット、ソーシャルメディアによって変わってしまったDIYパンク文化は今後どうなるのか、という点なども交えながら、Disclose川上さんとの話や、彼のアカデミック著書についても話してもらった。
また付録として、インタビュー内でもたびたび言及される、アメリカの民主党を「変えつつ」ある、DSA(アメリカ民主社会主義者)についての簡単な解説をAKアコスタが書いた。

と、Debacle Pathはあくまで私個人がAKアコスタの力も借りながら勝手に作っているハードコア・パンクの「個人誌」のようなものでもあるので、寄稿やインタビューをお願いするのも必然的に友人知人となる。今回もそれは変わっていないし、今後もおそらく変わらないだろう。以前にも書いたが、DIYパンクの醍醐味はこの距離感の「なさ」にある。みんな同じ地平にいるのだ。
昨今アメリカのパンクバンドがかなり頻繁に来日するようになったが、あまり具体的なところまでは踏み込んで語られることのないそういったバンドが持つ政治観も、このインタビューや付録を読んでもらえれば、おそらく概要程度は掴めるのではないかと思う。インタビュー中でも触れられているが、アメリカのラディカル・ポリティクスは、私が2000年代の始めから固定観念のように持っていたもの―行動的なアナキズムが根底にあるもの―とはかなり変わり、特に2016年からの「トランプ以降」は大きな変動期にあるようで、この状況は特にアンダーグラウンドで活動している現行のバンドには大きな影響を与えているはずだ。

小特集以外の記事―連載エッセイやインタビューの続き、イタリア・トリノからのスクワットの報告やイスタンブールのパンク史などなど―はここではいちいち説明しても仕方がないので、ぜひ読んでいただければと思う。
新型コロナウイルス禍により、この数ヶ月で世界は変わってしまったが、そのことについては編集後記で触れた。以下に該当部分だけ抜粋し掲載しておく。こういった「非常時」だからこそ、DIYハードコア・パンクの文化はその真価が問われることになるだろう。その一助として、Debacle Pathが機能すれば幸いだ。

【Debacle Path vol.2】4月23日発売/Out on April 23


Debacle Path vol.2ですが、印刷から上がってきまして、発売日を4月23日(木)としました。
まずはハードコア・パンク取り扱いの小売レコード店、ディストロ、自主出版物取り扱い書店での販売を始めます。
取り扱い店舗はこちら(随時更新)
直販はOnline Shopをご利用ください。
うちの店で取り扱いたい、という方からの連絡もお待ちしています。書店、ライブハウス、飲食店、個人など、業種は問いません! Contactからご連絡ください。

(※一般書店、ネット書店等での販売は6月以降を予定しています)


Debacle Path vol.2 is on sale on April 23!
For orders from outside of Japan, please contact us from “contact” in the menu.
If you want to distro this magazine, get in touch!

Some notable books in 2019 / 2019年に印象に残った本

These books were discussed at Gray Window Press last year!
Gray Window Pressの二人の間で昨年話題になった本を挙げておきます。
(日本語の本は英語の本の下にあります)

By A.K. Acosta:

  • Q / Luther Blisset (Mariner Books, 2005)
    Written by an anonymous collective of four Italian anarchists in the early 2000s, this story traces two characters throughout the Protestant Reformation of the late 16th century. The religious fervor of this conflict, between radical Protestants and the Catholic church, might seem a strange topic for a bunch of anarchists to write about, but they are really dealing with community, autonomy, power, statecraft, and access to God. Q is an adventure story that also traces the emergence of capitalism, of finance, the venality of the Church. It’s a celebration of heretics, true believers who want to deal directly with their God and not go through gold-covered intermediaries. Ends with Europe’s discovery of coffee. Very fun and you will learn a lot of history too.
    The title character of Q is an undercover informant for the Church, leading to speculation a few years ago that this book was somehow related to the Qanon group that believe an agent named Q is working to protect Trump and his plans against adversaries in the “deep state.” Were anarchist jokesters inspired by this book to prank a bunch of right-wing conspiracy theorists? Is Q just a good letter for anonymous agents to use a nom de plume? A mystery!

  • Clothes Clothes Clothes Music Music Music Boys Boys Boys / Viv Albertine (Faber & Faber, 2014)
    Albertine was a guitarist for legendary London all-girl punk band the Slits. The first part of the book covers the remarkable period in the late 70s where Sex Pistols, the Clash, and Vivienne Westwood and Malcolm MacClaren were at their peak. Albertine tells this story well, giving new perspectives to figures who had long become caricatures, like Sid Vicious. This part of her life ends about 40% through the book, and I foolishly wondered what else Albertine would have to talk about it. She tells us briefly of her post-Slits work as an aerobics instructor, her time at film school and career as a video editor, and then her transition into being a housewife. When a letter from an unexpected celebrity spurs her to return to music, we arrive at the punkest part of the book- a suburban mom playing her deeply personal, idiosyncratic songs at open mic nights to audiences full of drunk, boring guitar-nerd men, persevering through their jeers and incomprehension. Absolutely thrilling. I read several other music memoirs the past few years, but nothing hit nearly as hard as this.

  • New York 2140 / Kim Stanley Robinson (Orbit, 2017)
    Climate change fiction from the premier leftist sci-fi writer of the day. Imagines a post-flood New York, a lower Manhattan turned into a Venice-like network of canals between the partially submerged skyscrapers. On the one hand, it was a little disappointing that despite a few technological advances, twelve decades into the future was quite recognizable to the late 2010s reader. On the other hand, all cities are made cooler by boats, and this book as a lot of them. The story might be a bit too convenient- somehow the exact right rag-tag gang of New Yorkers come together to do something wild that I can’t deal you about because it would be a massive spoiler, but also- it’s a sci-fi book, we aren’t here for naturalist plots. This book was an imaginative and more hopeful counterpart to the non-fiction The Uninhabitable Earth: Life After Warming, by David Wallace-Wells, which was a huge bummer of course but also a worthwhile read.

  • Doxology / Nell Zink (Ecco, 2019) / The Topeka School / Ben Lerner (Farrar, Straus and Giroux, 2019)
    The election of Donald Trump was now three years ago, just about the amount of time our more thoughtful novelists need to come up decades-spanning stories to explain How We Got Here. It’s funny for me to talk about these two books together, because Nell Zink just published a very enjoyable essay where she managed to throw some pointed barbs at Ben Lerner, but these two books are both interested in locating the root of our current situation back in the late 80s/90s via inter-generational family tales. Zink’s book follows a teen runaway to the NYC in the late 80s who eventually becomes a computer programmer, member of an indie band that launches the career of a future rock star, and young mother. The second half of the book follows her daughter as she grows up in DC and volunteers on the 2016 campaign trail. Zink is American but has lived in Germany for the past twenty years or so, and sometimes the hyper-specificity of her writing combines with her perhaps not-as-in-touch-with-the-youth-as-she-thinks-she-is analysis of our era to create some interesting uncanny valley characters. Many offhand mentions of Ian MacKaye in the book, which might have been my favorite part. Lerner’s novel is about a high school debate champion living in the Midwest in the 90s (Lerner himself was a teen debate champion growing up in the 1990s Midwest), and his family of psychologists (Lerner’s parents are also psychologists). The novel is interested in questions of the uses and abuses of language, of gender, and of violence. I’m not sure how either of these novels will stand the test of time, but they are both extremely 2019 in their various ways.

以下は鈴木による日本語の本:

  • 天皇陛下にささぐる言葉 / 坂口安吾(景文館書店、2019年)
    以前同版元から出ていたバタイユ『太陽肛門』の新訳にセックス・ピストルズのイメージを使っていたのは、かなり安易なのではと(ハードコア・パンクの出版レーベルをやってる者としては)思ったが(一般的には「合う」ものなんだろうが)、この200円+税のバーコード付き中綴じ冊子32ページは、自主レベルの出版のいろんな可能性を感じた1冊。いつか何かで真似しようと思います。
    冊子の中身は、「レイワレイワ」とうるさい世の中になってしまった中、最高のタイミングで出た安吾の昔の文章だが、今でもまったくそのまま通用してしまう。いくつか引用しておこう。
    「地にぬかずくのは、気違い沙汰だ。天皇は目下、気ちがい共の人気を博し、歓呼の嵐を受けている。同義はコンランする筈だ。人を尊敬するに地にぬかずくような気違い共だから、正しい理論は失われ、頑迷コローな片意地と、不自然な義理人情に身もだえて、電車は殺気立つ、一足外へでると、みんな死にもの狂いのていたらく、悲しい有様である。」(「天皇陛下にささぐる言葉」P.9)
    「冷い戦争という地球をおおう妖雲をとりのぞけば、軍備を背負った日本の姿は殺人強盗的であろう。」(「もう軍備はいらない」P.25)

  • オウム大論争―地上の楽園か、現実の地獄か!?(鹿砦社、エスエル出版、1995年)
    2018年の「大虐殺」以降、当時のオウム関連の本をいくつか読んでるが、この本での宅八郎(がかつてテレビでよく取り上げられていた「オタク評論家」だということ以外、どんな人なのかは特に知らないのだが)の真っ当な発言は今顧みられるべきなのではないだろうか。彼の発言で目ぼしいところをざっとまとめると、「オウムに対して違法捜査、別件逮捕、内乱罪、破防法を適用しようとしたりするのは、戦後民主主義など存在しなかったことの証明。推定無罪という形式的原則を、相手が誰であろうが貫かないといけない。江川紹子や有田芳生などは、オウムに人権はない、と言っているが、人権のために人権を否定するというパラドックス」というようなことを言っている。
    小学校の頃にテレビに普通に出ていた麻原彰晃たちが一体何をやったんだろう、と、世の中のことを何も知らない中1の私は、まるで遠くの国で起きた出来事のように当時テレビをぼけーっと見ていた記憶だけはあるが、結局あの一連の事件がなぜ、どのように起きて、麻原彰晃はそれらにどのように関わっていたのか、今もほとんど何も知らない。

  • 宿命 警察庁長官狙撃事件 捜査第一課元刑事の23年 / 原雄一(講談社、2018年)
    これもオウム関連本ということになるが、自分がごくたまに、思い立ったときにやるジョギングもどきの散歩コースにこの事件現場が入っていて(町屋の方から東へ、隅田川沿いを進むのだ)、いつもこの建物の角を曲がるときに、背筋がひんやりとするものだ。この事件の「真犯人は中村泰説」についての本は他にもいくつか出ているが、この本は元担当刑事による退職後の手記で、この事件の捜査における、警察内部のメンツ最優先、「國松警察庁長官狙撃の犯人はオウム真理教でなければならない」という妄執にも近いポリ公組織論が、結局この中村泰犯人説を消し去ってしまった、ということが書かれる。権力による、事件のある種の隠蔽である。それをチームワーク論にすりかえたり、いち個人による捜査への情熱みたいな美談にしてしまうのが、今も昔も変わらぬポリ公メンタリティというやつであろう。

  • 鳥の巣 / シャーリイ・ジャクスン 北川依子訳(国書刊行会、2018年)
    四重人格の女性のひとつの人格であるベッツィがニューヨークへ行く場面は、閉じ込められた日常世界からバンドのツアーか何かでつかの間の自由を得るようで、解放的で読んでて楽しい。
    「誰かであること、いつも誰かであったということはほんとうに重要だ、あたしが入っていく世界のどこを探しても、ある特定の誰かじゃない人などいない。誰かであることは不可欠なのだ。」(P.121) という呪いのような言葉は、これも「女性」という存在が自己形成の機会を奪われてきたゆえに発される言葉なのだろう。
    ちなみにこの小説、1957年に“Lizzie”というタイトルで、チェコ人映画監督ヒューゴ・ハースにより、エレノア・パーカー主演で映画化されているが、この映画版は人格が1人減ってて、この日本語訳版におけるベッツィとベティを、Lizzieという1つの人格にまとめて悪女キャラにしている。おまけに多重人格の理由も原作のように曖昧・不明確なわけではなく(そもそも理由がわからないのがこの小説の一番重要なところだと思うが)、過去のトラウマのせいにしてしまっているので、もはや別の作品と言ってもいい。
    昨年読んだ『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ著、斎藤真理子訳(筑摩書房、2018年))も、この『鳥の巣』と近い話のように思える。もちろんこちらはもっと現代的な話で、韓国や東アジア特有の事情もあるわけだが。

よいお年を/Happy new year

今年2019年はGray Window Pressを始めて最初の年でしたが、雑誌(ジンではなく雑誌と呼ぶことにします、バーコードもついてるし、ジンみたいな「気軽さ」がなさそうなので)Debacle Path vol.1と、MDCのヴォーカル、デイヴ・ディクターの自伝『MDC あるアメリカン・ハードコア・パンク史 ―ぶっ壊れた文明の回想録』を出版することができました。ご購入いただいた方、寄稿者やその他諸々ご協力いただいた方々、ありがとうございました。

来年は(多分)2月ごろにDebacle Path vol.2を、そのあとに(予定通りいけば)2冊、海外のパンクスによる本の訳書を出版する予定です。引き続きご注目いただければありがたいです。


2019 was the first year for Gray Window Press and this year, we published the first issue of Debacle Path magazine and the Japanese version of MDC Dave Dictor’s “MDC: Memoir from a Damaged Civilization: Stories of Punk, Fear, and Redemption (Manic D Press).”

We are going to publish the second issue of Debacle Path in probably February which features a few interviews of American punks who went into academic fields. And we are also planning to translate and publish two more books next year (hopefully).